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雪霊続記
せつれいぞくき |
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作品ID | 1185 |
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著者 | 泉 鏡花 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「鏡花全集 卷二十一」 岩波書店 1941(昭和16)年9月30日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2005-11-24 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 13 ページ(500字/頁で計算) |
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一
機會がおのづから來ました。
今度の旅は、一體はじめは、仲仙道線で故郷へ着いて、其處で、一事を濟したあとを、姫路行の汽車で東京へ歸らうとしたのでありました。――此列車は、米原で一體分身して、分れて東西へ馳ります。
其が大雪のために進行が續けられなくなつて、晩方武生驛(越前)へ留つたのです。強ひて一町場ぐらゐは前進出來ない事はない。が、然うすると、深山の小驛ですから、旅舍にも食料にも、乘客に對する設備が不足で、危險であるからとの事でありました。
元來――歸途に此の線をたよつて東海道へ大[#挿絵]りをしようとしたのは、……實は途中で決心が出來たら、武生へ降りて許されない事ながら、そこから虎杖の里に、もとの蔦屋(旅館)のお米さんを訪ねようと言ふ……見る/\積る雪の中に、淡雪の消えるやうな、あだなのぞみがあつたのです。で其の望を煽るために、最う福井あたりから酒さへ飮んだのでありますが、醉ひもしなければ、心も定らないのでありました。
唯一夜、徒らに、思出の武生の町に宿つても構はない。が、宿りつゝ、其處に虎杖の里を彼方に視て、心も足も運べない時の儚さには尚ほ堪へられまい、と思ひなやんで居ますうちに――
汽車は着きました。
目をつむつて、耳を壓へて、發車を待つのが、三分、五分、十分十五分――やゝ三十分過ぎて、やがて、驛員に其の不通の通達を聞いた時は!
雪が其まゝの待女郎に成つて、手を取つて導くやうで、まんじ巴の中空を渡る橋は、宛然に玉の棧橋かと思はれました。
人間は増長します。――積雪のために汽車が留つて難儀をすると言へば――旅籠は取らないで、すぐにお米さんの許へ、然うだ、行つて行けなさうな事はない、が、しかし……と、そんな事を思つて、早や壁も天井も雪の空のやうに成つた停車場に、しばらく考へて居ましたが、餘り不躾だと己を制して、矢張り一旦は宿に着く事にしましたのです。ですから、同列車の乘客の中で、停車場を離れましたのは、多分私が一番あとだつたらうと思ひます。
大雪です。
「雪やこんこ、
霰やこんこ。」
大雪です――が、停車場前の茶店では、まだ小兒たちの、そんな聲が聞えて居ました。其の時分は、山の根笹を吹くやうに、風もさら/\と鳴りましたつけ。町へ入るまでに日もとつぷりと暮果てますと、
「爺さイのウ婆さイのウ、
綿雪小雪が降るわいのウ、
雨戸も小窓もしめさつし。」
と寂しい侘しい唄の聲――雪も、小兒が爺婆に化けました。――風も次第に、ぐわう/\と樹ながら山を搖りました。
店屋さへ最う戸が閉る。……旅籠屋も門を閉しました。
家名も何も構はず、いま其家も閉めようとする一軒の旅籠屋へ駈込みましたのですから、場所は町の目貫の向へは遠いけれど、鎭守の方へは近かつたのです。
座敷は二階で、だゞつ廣い、人氣の少ないさみしい家で、夕餉…