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作品ID | 139 |
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著者 | 芥川 竜之介 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「芥川龍之介全集 第一巻」 岩波書店 1995(平成7)年11月8日 |
初出 | 「新思潮」1916(大正5)年9月 |
入力者 | もりみつじゅんじ |
校正者 | 高橋美奈子 |
公開 / 更新 | 1998-11-26 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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私が、遠洋航海をすませて、やつと半玉(軍艦では、候補生の事をかう云ふのです)の年期も終らうと云ふ時でした。私の乗つてゐたAが、横須賀へ入港してから、三日目の午後、彼是三時頃でしたらう。勢よく例の上陸員整列の喇叭が鳴つたのです。確、右舷が上陸する順番になつてゐたと思ひますが、それが皆、上甲板へ整列したと思ふと、今度は、突然、総員集合の喇叭が鳴りました。勿論、唯事ではありません。何にも事情を知らない私たちは、艙口を上りながら、互に「どうしたのだらう」と云ひ交はしました。
さて、総員が集合して見ると、副長がかう云ふのです。「……本艦内で、近来、盗難に罹つた者が、二三ある。殊に、昨日、町の時計屋が来た際にも、銀側の懐中時計が二個、紛失したと云ふ事であるから、今日はこれから、総員の身体検査を行ひ、同時に所持品の検査も行ふ事にする。……」大体、こんな意味だつたと思ひます。時計屋の一件は、初耳ですが、盗難に罹つた者があるのは、僕たちも知つてゐました。何でも、兵曹が一人に水兵が二人で、皆、金をとられたと云ふ事です。
身体検査ですから、勿論、皆、裸にさせられるのですが、幸、十月の始で、港内に浮んでゐる赤い浮標に日がかんかん照りつけるのを見ると、まだ、夏らしい気がする時分なので、これはさう大して苦にもならなかつたやうです。が、弱つたのは、上陸早々、遊びに行く気でゐた連中で、検査をされると、ポツケツトから春画が出る、サツクが出ると云ふ騒ぎでせう。顔を赤くして、もぢもぢしたつて、追付きません。何でも、二三人は、士官に擲られたやうでした。
何しろ、総員六百人もあるのですから、一通り検査をするにしても、手間がとれます。奇観と云へば、まああの位、奇観はありますまい。六百人の人間が皆、裸で、上甲板一杯に、並んでゐるのですから。その中でも、顔や手首のまつ黒なのが、機関兵で、この連中は今度の盗難に、一時嫌疑をかけられた事があるものですから、猿股までぬいで、検べるのならどこでも検べてくれと云ふ恐しいやうな権幕です。
上甲板で、かう云ふ騒ぎが、始まつてゐる間に、中甲板や下甲板では、所持品の検査をやり出しました。艙口にはのこらず、候補生が配置してありますから、上甲板の連中は勿論下へは一足でもはいれません。私は、丁度、その中下甲板の検査をする役に当つたので、外の仲間と一しよに、兵員の衣嚢やら手箱やらを検査して歩きました。こんな事をするのは軍艦に乗つてから、まだ始めてでしたが、ビイムの裏を探すとか衣嚢をのせてある棚の奥をかきまはすとか、思つたより、面倒な仕事です。その中に、やつと、私と同じ候補生の牧田と云ふ男が、贓品を見つけました。時計も金も一つになつて、奈良島と云ふ信号兵の帽子の箱の中に、あつたのです。その外にまだ給仕がなくなしたと云ふ、青貝の柄のナイフも、はいつてゐたと云ふ事でした。
そ…