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定本青猫
ていほんあおねこ
副題01 定本青猫
01 ていほんあおねこ
著者萩原 朔太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第二卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年3月25日
初出蝶を夢む「感情 第二年一月號」1917(大正6)年1月号<br>黒い蝙蝠「日本詩人 第二卷第七號」1922(大正11)年7月号<br>石竹と青猫「日本詩人 第二卷第七號」1922(大正11)年7月号<br>海鳥「日本詩人 第二卷第七號」1922(大正11)年7月号<br>陸橋「表現 第一卷第二號」1921(大正10)年12月号<br>家畜「詩歌 第八卷第一號」1918(大正7)年1月号<br>波止場の煙「婦人公論 第八卷第五號」1923(大正12)年5月号<br>その手は菓子である「感情 第二年六月號」1917(大正6)年6月号<br>群集の中を求めて歩く「感情 第二年六月號」1917(大正6)年6月号<br>青猫「詩歌 第七卷第四號」1917(大正6)年4月号<br>月夜「詩歌 第七卷第四號」1917(大正6)年4月号<br>春の感情「新生 創刊號」1918(大正7)年1月号<br>蠅の唱歌「感情 第二年五月號」1917(大正6)年5月号<br>恐ろしく憂鬱なる「感情 第二年五月號」1917(大正6)年5月号<br>憂鬱なる花見「感情 第二年六月號」1917(大正6)年6月号<br>怠惰の暦「嵐」1922(大正11)年6月号<br>閑雅な食慾「日本詩人 第一卷第三號」1921(大正10)年12月号<br>馬車の中で「東京朝日新聞」1922(大正11)年4月8日<br>最も原始的な情緒「表現 第一卷第二號」1921(大正10)年12月号<br>天候と思想「表現 第一卷第二號」1921(大正10)年12月号<br>笛の音のする里へ行かうよ「日本詩人 第二卷第五號」1922(大正11)年5月号<br>蒼ざめた馬「日本詩人 創刊號」1921(大正10)年10月号<br>思想は一つの意匠であるか「日本詩人 第一卷第三號」1921(大正10)年12月号<br>顏「日本詩人 第二卷第一號」1922(大正11)年1月号<br>白い雄鷄「婦人公論 第七卷第五號」1922(大正11)年5月号<br>囀鳥「日本詩人 創刊號」1921(大正10)年10月号<br>惡い季節「日本詩人 第二卷第一號」1922(大正11)年1月号<br>桃李の道「詩聖 第十六號」1923(大正12)年1月号<br>風船乘りの夢「詩聖 第十六號」1923(大正12)年1月号<br>古風な博覽會「文學世界 第二卷第一號」1923(大正12)年1月号<br>まどろすの歌「文學世界 第二卷第一號」1923(大正12)年1月号<br>荒寥地方「極光」1923(大正12)年1月号<br>佛陀「日本詩人 第三卷第二號」1923(大正12)年2月号<br>ある風景の内殼から「日本詩人 第三卷第二號」1923(大正12)年2月号<br>輪※[#「廴+囘」、第4水準2-12-11]と樹木「日本詩人 第三卷第二號」1923(大正12)年2月号<br>暦の亡魂「帆船 第十號」1923(大正12)年2月<br>夢にみる空家の庭の祕密「感情 第二年六月號」1917(大正6)年6月号<br>黒い風琴「感情 第三年四月號」1918(大正7)年4月号<br>憂鬱の川邊「感情 第三年四月號」1918(大正7)年4月号<br>佛の見たる幻想の世界「文章世界 第十三卷一號」1918(大正7)年1月号<br>鷄「文章世界 第十三卷一號」1918(大正7)年1月号<br>みじめな街燈「詩聖 第九號」1922(大正11)年6月号<br>恐ろしい山「日本詩人 第二卷第五號」1922(大正11)年5月号<br>題のない歌「日本詩人 第二卷第五號」1922(大正11)年5月号<br>艶めかしい墓場「詩聖 第九號」1922(大正11)年6月号<br>くづれる肉體「詩聖 第九號」1922(大正11)年6月号<br>鴉毛の婦人「詩聖 第八號」1922(大正11)年5月号<br>緑色の笛「詩聖 第八號」1922(大正11)年5月号<br>寄生蟹のうた「日本詩人 第二卷第六號」1922(大正11)年6月号<br>かなしい囚人「日本詩人 第二卷第六號」1922(大正11)年6月号<br>猫柳「詩聖 第八號」1922(大正11)年5月号<br>憂鬱な風景「日本詩人 第二卷第七號」1922(大正11)年7月号<br>野鼠「日本詩集 第五册」1923(大正12)年5月刊<br>輪※[#「廴+囘」、第4水準2-12-11]と轉生「日本詩人 第二卷第七號」1922(大正11)年7月号<br>厭やらしい景物「表現 第一卷第二號」1921(大正10)年12月号<br>さびしい來歴「日本詩人 第二卷第六號」1922(大正11)年6月号<br>沿海地方「新潮 第三十八卷第六號」1923(大正12)年6月号<br>大砲を撃つ「新潮 第三十八卷第六號」1923(大正12)年6月号<br>海豹「愛の泉 第九號」1925(大正14)年5月号<br>猫の死骸「女性改造 第三卷第八號」1924(大正13)年8月号<br>沼澤地方「改造 第七卷第二號」1925(大正14)年2月号<br>鴉「改造 第六卷第九號」1924(大正13)年9月号<br>駱駝「改造 第六卷第九號」1924(大正13)年9月号<br>大井町「婦人之友 第十九卷第九號」1925(大正14)年9月号<br>吉原「近代風景 第二卷第一號」1927(昭和2)年1月号<br>郵便局の窓口で「婦人之友 第二十一卷第六號」1927(昭和2)年6月号<br>大工の弟子「キング 第二卷第八號」1926(大正15)年8月号<br>時計「若草 第四卷第十二號」1928(昭和3)年12月号
入力者kompass
校正者ちはる
公開 / 更新2001-08-22 / 2018-12-14
長さの目安約 51 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

宇宙は意志の現れであり、意志の本質は惱みである
              シヨウペンハウエル
[#改ページ]


  自序

「青猫」の初版が出たのは、一九二三年の春であり、今から約十年ほど昔になる。その後ずつと絶版になつて、市上に長く本を絶えて居た。元來、詩集といふものは、初版限りで絶本にするところに價値があるので、版を重ねて増册しては、詩集の人に貴重される稀本の價値が無くなつて來る。しかも今日、あへてこの再版を定本にして出す所以は、著者の私にとつて種種の理由があるのである。
 第一の理由は、初版「青猫」の内容と編輯とが、私にとつて甚だ不滿足であり、意にみたないところが多かつた爲である。この詩集の校正が終り、本が市上に出始めた頃、私はさらにまた多くの詩を作つて居た。それらの詩篇は、すべて「青猫」に現れた同じ詩境の續篇であり、詩のテーマに於てもスタイルに於ても、當然「青猫」の中に編入すべき種類のものであつた。否むしろそれが無ければ、詩集としてのしめ括りがなく、大尾の完成が缺けるやうなものであつた。しかも詩集は既に製本されて出てしまつたので、止むを得ず私は、さらに此等の詩を集めて一册にし、青猫續篇詩集(第二青猫)として刊行しようと考へた。然るにその出版の好機がなく、且つ詩の數が少し豫定に足りないので、そのまま等閑に附してしまつた。但し此等の詩篇は、當時雜誌「日本詩人」その他に發表し、後に第一書房版の綜合詩集にも編入したので、私の讀者にとつては既に公表されてる者なのである。しかも「青猫」を完全な定本詩集とする爲には、是非とも此等の詩を補遺しなければならないので、初版出版後今日まで、長く私はその再版の機會を待つて居た。
 同時にまた私は、その再版の機會をまつて、初版本の編輯上に於ける不統一を正さうとした。全集や綜合詩集は例外として、すべて單一な標題を掲げた詩集は、その標題が示す一つの詩境を、力強く一點に向つて集中させ、そこに詩集の統一された印象を構成させねばならないこと、あだかも一卷の小説に於ける構成と同じである。一册の標題された詩集の中に、そのテーマやスタイルを異にしてゐる種種雜多の詩が書かれてるのは、藝術品としての統一がなく、内容上の美的裝幀を失格してゐる。そして「青猫」の初版本が、この點でまた不備であつた。例へば「軍隊」「僕等の親分」などのやうに詩の主想とスタイルとを異にして居る別種の者が混入して居り、他との調和美を破つて居た。再版の機會に於て、これもまた改訂編輯せねばならなかつた。
 次の第二の理由は、初版本の裝幀、特に[#挿絵]繪のことに關係して居る。私の始めのプランとしては、本書に用ゐた物と同じやうな木版畫を、初版本にも[#挿絵]繪とするつもりであつた。然るに出版書店の方で時日を迫り、版畫職工との煩瑣な交渉を嫌つた爲、止むを得ず有り合せの繪端書を銅版…

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