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宿命
しゅくめい
著者萩原 朔太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第二卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年3月25日
初出ああ固い氷を破つて「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>婦人と雨「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>芝生の上で「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>舌のない眞理「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>慈悲「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>秋晴「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>浪と無明「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>陸橋を渡る「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>恐怖への豫感「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>涙ぐましい夕暮「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>地球を跳躍して「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>宿醉の朝に「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>夜汽車の窓で「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>荒寥たる地方での會話「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>パノラマ館にて「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>喘ぐ馬を驅る「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>春のくる時「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>AULD LANG SYNE!「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>木偶芝居「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>極光地方から「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>斷橋「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>運命への忍辱「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>寂寥の川邊「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>船室から「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊<br>田舍の時計「大調和」1927(昭和2)年9月号<br>球轉がし「日本詩人 第六卷第六號」1926(大正15)年6月号<br>鯉幟を見て「日本詩人 第六卷第六號」1926(大正15)年6月号<br>記憶を捨てる「文章世界 第十四卷第八號」1919(大正8)年8月号<br>情緒よ! 君は歸らざるか「詩神 第五卷第一號」1929(昭和4)年1月号<br>港の雜貨店で「新潮 第二十六年第三號」1929(昭和4)年3月号<br>死なない蛸「新青年 第八卷第五號」1927(昭和2)年4月号<br>鏡「日本詩人 第六卷第六號」1926(大正15)年6月号<br>狐「日本詩人 第四卷第七號」1924(大正13)年7月号<br>銃器店の前で「詩神 第五卷第一號」1929(昭和4)年1月号<br>虚數の虎「詩神 第五卷第一號」1929(昭和4)年1月号<br>自然の中で「日本詩人 第六卷第六號」1926(大正15)年6月号<br>觸手ある空間「新潮 第二十六年第三號」1929(昭和4)年3月号<br>大佛「詩神 第五卷第一號」1929(昭和4)年1月号<br>家「新潮 第二十六年第三號」1929(昭和4)年3月号<br>黒い洋傘「新潮 第二十六年第三號」1929(昭和4)年3月号<br>國境にて「詩神 第五卷第一號」1929(昭和4)年1月号<br>恐ろしき人形芝居「詩神 第五卷第一號」1929(昭和4)年1月号<br>墓「新文學準備倶樂部 創刊號」1929(昭和4)年6月号<br>神神の生活「新文學準備倶樂部 創刊號」1929(昭和4)年6月号<br>郵便局「若草 第五卷第三號」1929(昭和4)年3月号<br>航海の歌「文學世界 創刊號」1922(大正11)年10月号<br>海「日本詩人 第六卷第六號」1926(大正15)年6月号<br>建築の Nostalgia「文學世界 創刊號」1922(大正11)年10月号<br>初夏の歌「日本詩人 第六卷第六號」1926(大正15)年6月号<br>女のいぢらしさ「セルパン 第十一號」1932(昭和7)年1月号<br>父「苑 創刊號」1935(昭和10)年6月号<br>敵「苑 創刊號」1935(昭和10)年6月号<br>物質の感情「苑 創刊號」1935(昭和10)年6月号<br>物體「苑 創刊號」1935(昭和10)年6月号<br>自殺の恐ろしさ「セルパン 創刊號」1931(昭和6)年5月号<br>龍「四季 第二號」1934(昭和9)年12月号<br>時計を見る狂人「新作家」1931(昭和6)年5月号<br>群集の中に居て「四季 第四號」1935(昭和10)年2月号<br>橋「作品 第二卷第九號」1931(昭和6)年9月号<br>詩人の死ぬや悲し「行動 第二卷第十一號」1934(昭和9)年11月号<br>主よ。休息をあたへ給へ!「行動 第二卷第十一號」1934(昭和9)年11月号<br>父と子供「行動 第二卷第十一號」1934(昭和9)年11月号<br>戸「作品 第二卷第九號」1931(昭和6)年9月号<br>山上の祈「生理 第四號」1934(昭和9)年5月<br>戰場での幻想「セルパン 第十一號」1932(昭和7)年1月号<br>蟲「文藝 第五卷第一號」1937(昭和12)年1月号<br>虚無の歌「四季 第十七號」1936(昭和11)年5月号<br>貸家札「シナリオ研究 第三册」1937(昭和12)年10月号<br>この手に限るよ「いのち 第五卷第十號」1937(昭和12)年10月号<br>臥床の中で「四季 第二十三號」1937(昭和12)年1月号<br>物みなは歳日と共に亡び行く「藝苑 第二號」1937(昭和12)年12月刊
入力者kompass
校正者ちはる
公開 / 更新2001-11-23 / 2018-12-05
長さの目安約 81 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

散文詩について

序に代へて


 散文詩とは何だらうか。西洋近代に於けるその文學の創見者は、普通にボードレエルだと言はれてゐるが、彼によれば、一定の韻律法則を無視し、自由の散文形式で書きながら、しかも全體に音樂的節奏が高く、且つ藝術美の香氣が高い文章を、散文詩と言ふことになるのである。そこでこの觀念からすると、今日我が國で普通に自由詩と呼んでる文學中での、特に秀れてやや上乘のもの――不出來のものは純粹の散文で、節奏もなければ藝術美もない――は、西洋詩家の所謂散文詩に該當するわけである。しかし普通に散文詩と呼んでるものは、さうした文學の形態以外に、どこか文學の内容上でも、普通の詩と異なる點があるやうに思はれる。ツルゲネフの散文詩でも、ボードレエルのそれでも、すべて散文詩と呼ばれるものは、一般に他の純正詩(抒情詩など)に比較して、内容上に觀念的、思想的の要素が多く、イマヂスチツクであるよりは、むしろエツセイ的、哲學的の特色を多量に持つてる如く思はれる。そこでこの點の特色から、他の抒情詩等に比較して、散文詩を思想詩、またはエツセイ詩と呼ぶこともできると思ふ。つまり日本の古文學中で、枕草子とか方丈記とか、または徒然草とかいつた類のものが、丁度西洋詩學の散文詩に當るわけなのである。
 枕草子や方丈記は、無韻律の散文形式で書いてゐながら、文章それ自身が本質的にポエトリイで、優に節奏の高い律的の調べと、香氣の強い藝術美を具備して居り、しかも内容がエツセイ風で、作者の思想する自然觀や人生觀を獨創的にフイロソヒイしたものであるから、正にツルゲネフやボードレエルの散文詩と、文學の本質に於て一致してゐる。ただ日本では、昔から散文詩といふ言葉がないので、この種の文學を隨筆、もしくは美文といふ名で呼稱して來た。然るに明治以來近時になつて、日本の散文詩とも言ふべき、この種の傳統文學が中絶してしまつた。もちろん隨筆といふ名で呼ばれる文學は、今日も尚文壇の一隅にあるけれども、それは詩文としての節奏や藝術美を失つたもので、散文詩といふ觀念中には、到底所屬でき得ないものである。
 自分は詩人としての出發以來、一方で抒情詩を書くかたはら、一方でエツセイ風の思想詩やアフオリズムを書きつづけて來た。それらの斷章中には、西洋詩家の所謂「散文詩」といふ名稱に、多少よく該當するものがないでもない。よつて此所に「散文詩集」と名づけ、過去に書いたものの中から、類種の者のみを集めて一册に編纂した。その集篇中の大分のものは、舊刊「新しき欲情」「虚妄の正義」「絶望の逃走」等から選んだけれども、篇尾に納めた若干のものは、比較的最近の作に屬し、單行本としては最初に發表するものである。尚、後半に合編した抒情詩は、「氷島」「青猫」その他の既刊詩集から選出したものである。

昭和十四年八月
著者
[#改丁]
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