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作品ID | 2250 |
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著者 | 萩原 朔太郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「萩原朔太郎全集 第三卷」 筑摩書房 1977(昭和52)年5月30日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2011-07-22 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 18 ページ(500字/頁で計算) |
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明治三十五年
○
鞦韆のさゆらぎ止まぬ我が庭の芭蕉卷葉に細し春雨
ひと夜えにし
おち椿ふみては人のこひしくて春日七日を惓じぬる里
流れ來て加茂川さむき春のよひ京の欄人うつくしき
あけぼのの花により來しそぞろ道そぞろあふ人皆うつくしき
松落葉ふみつつ行けば里ちかし朝靄みちにうすれうすれゆく
朝ゆくに人目涼しき濱や濱小靴玉靴漣のあと
明治三十六年
○
白黄紅花さまざまの菊に醉ひてとなりの翁けふもひるいする
そぞろにも逍遙ふ野邊の朝ぼらけ山西にはれて虹の彩ほそき
別れては京の白梅興もなし笛をたよりに加茂下り行く
○
歌ここに十年をわびぬ幼くて母と抱きし情なからずや
大八島わだつみかけて天走る豐旗雲の大いなる哉
ふりかかる小雨ねたしや若うして人山吹の亂れにたへぬ
一しきり黄をながしては山吹の小里の水の竹をめぐれる
○
桃すもも籠にすみれと我が歌とつみつつゆかむ春を美しみ
○
たづたづし暗きにおつる身の果をなぐさめ得なば足らむ我幸
かたじけなさぐるに君の御手を得てさながら落つる闇を厭はぬ
信にはなれひとりさびしきうつろの身くむ手よなよな何を得つるや
○
紅梅に二十年を倦みし人の如おのづからなる才ふけにけり
よれば戸に夢たゆたげの香ひあり泣きたる人の宵にありきや
相見ざるに幾年へぬる君ならむ肱細うして泣くにえたへぬ
いささかは我れと興ぜし花も見き今寂寞にたへぬ野の道
はらからが小唱になりし我が戀にあたたまるべき水流れゆく
魂は人にむくろは我れに歸りきて太古さながらなごり碎くる
名なし小草はかな小草の霜ばしら春の名殘とふまむ二人か
○
野より今うまれける魂をさなくて一人しなれば神もあはれめ
泌みにしは無花果の葉の乳のごと清らにあまきおもひなりける
あめつちを歌にたたへし日も昨日けふは薊の精戀ふる人
おくつきは大あめつちの一つ石と笑みも入らばや寢ばやそのした
もとめわび信をのろひて歸れるに心はうつろ身はもぬけがら
倦みては人かわきては人よりも來よ詩はよろこびの溢れぬる酒
○
鳥なきぬ小椿水にながるると山居の日記の一人興なし
浦づたひ讚へむすべを又知らずただ赤人の富士は眞白き(田子の浦にて)
さだかにはおどろ薊もわかちえず闇にただ啼く夕ほととぎす
幸ありて御手のひと鞭たまはらば花のごとくも散りや往ぬべき
○
淋しさに歌はなりてきしかはあれど春の一人を戀ひむよしもなし
幾度か草に伏したる一人ぞや後よりかへせ馬頭觀世音
君は去りぬ殘るは吾と小さき世の月も月かは花も花かは
朝の戸に倚ればかつ散る緋芍藥うしとも見たる雲のみだれや
天地に水ひと流れ舟にして我もありきと忘るべしや夢
み歌さらになつかしみつつ…