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               かるいざわで  | 
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| 作品ID | 2323 | 
|---|---|
| 著者 | 芥川 竜之介 Ⓦ | 
| 文字遣い | 新字旧仮名 | 
| 底本 | 
              「芥川龍之介全集 第四巻」 筑摩書房 1971(昭和46)年6月5日  | 
          
| 入力者 | j.utiyama | 
| 校正者 | j.utiyama | 
| 公開 / 更新 | 1999-02-15 / 2014-09-17 | 
| 長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) | 
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 黒馬に風景が映つてゐる。
     ×
 朝のパンを石竹の花と一しよに食はう。
     ×
 この一群の天使たちは蓄音機のレコオドを翼にしてゐる。
     ×
 町はづれに栗の木が一本。その下にインクがこぼれてゐる。
     ×
 青い山をひつ掻いて見給へ。石鹸が幾つもころげ出すだらう。
     ×
 英字新聞には黄瓜を包め。
     ×
 誰かあのホテルに蜂蜜を塗つてゐる。
     ×
 M夫人――舌の上に蝶が眠つてゐる。
     ×
 Fさん――額の毛が乞食をしてゐる。
     ×
 Oさん――あの口髭は駝鳥の羽根だらう。
     ×
 詩人S・Mの言葉――芒の穂は毛皮だね。
     ×
 或牧師の顔――臍!
     ×
 レエスやナプキンの中へずり落ちる道。
     ×
 碓氷山上の月、――月にもかすかに苔が生えてゐる。
     ×
 H老夫人の死、――霧は仏蘭西の幽霊に似てゐる。
     ×
 馬蝿は水星にも群つて行つた。
     ×
 ハムモツクを額に感じるうるささ。
     ×
 雷は胡椒よりも辛い。
     ×
「巨人の椅子」と云う岩のある山、――瞬かない顔が一つ見える。
     ×
 あの家は桃色の歯齦をしてゐる。
     ×
 羊の肉には羊歯の葉を添へ給へ。
     ×
 さやうなら。手風琴の町、さようなら、僕の抒情詩時代。
(大正十四年稿)