えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
北村透谷詩集
きたむらとうこくししゅう |
|
作品ID | 2425 |
---|---|
著者 | 北村 透谷 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「透谷全集 第一卷」 岩波書店 1950(昭和25)年7月15日 |
入力者 | 鈴木厚司 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2008-08-01 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 18 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
夢中の夢
嗚呼かく弱き人ごゝろ、
嗚呼かく強き戀の情、
[#改ページ]
朝靄の歌
もらすなよあだうつくしの花、
消ゆる汝共に散るものを、
うつくしとても幾日經ぬべき、
盛りと見しははやすたり
[#改ページ]
春駒
第一 門出
北風に窓閉されて朝夕の
伴となるもの書と爐火、
軒下の垂氷と共に心凍り
眺めて學ぶ雪達摩、
けふまでこそは梅櫻、
霜の惱みに默しけれ。
霜柱きのふ解けたる其儘に
朝風ぬるしけふ夜明け、
書の窓うぐひすの音に開かれて、
顏さし出せば梅の香や、
南か北か花見えず、
いづこの杜に風の宿。
耳澄まし暫く聞けば鶯の音は
「春」てふものをおとづれぬ。
× × × × × × × ×
書とぢよ、筆措けかしといざなふは
いづこに我をさそふらん。
冬に慣れにし氣は結び、
杖ひき出づる力なし。
〔この間見えず〕
ひとむち當てゝ急がなん。
花ある方よ、わが行くは、
ゆふべの夢の跡戀し。
第二 霞の中
來し道は細川までを限りにて
霞に迷ひうせにけり、
春の駒ひとこゑ高く嘶けば、
吾が身もやがて烟の中、
戀にむせびてうなだるゝ、
招きし花はいづこぞや。
夢にまでうつりし花の面影を
訪ね來て見れば跡もなし、
深山路の人家もあらず聲もせぬ、
廣野の中にわれひとり;
かこつ泪や水の音、
花ある方にそゝげかし。
おりたちて清水飮まする駒の背を
撫でさすりつゝ又一ト鞭、
勇めどもいづれをあてとしらま弓;
思ひ亂れて見る梢に、
鳥の鳴く音ぞかしましき。
立ち籠むる霞の彼方に驅入れば、
小高き山に岩とがり、
枯枝は去歳の嵐に吹き折られ、
其まゝ元梢に垂れかゝる;
さびしさ凄し、たれやたれ、
われを欺き、春告げし。
駒かへしこなたの森の下道を、
急ぎ降れば春雨の、
振りいでゝしよぼぬるゝわが足元を、
かすかにはたく羽の音、
かなたへ隱れて間もあらず、
鳴く聲きけば雉子なり。
[#改ページ]
春は來ぬ
今日はじめて春のあたゝかさ覺えぬ、
風なく日光いつもよりほがらなり、
[#改ページ]
地龍子
行脚の草鞋紐ゆるみぬ。
胸にまつはる悲しの戀も
思ひ疲るゝまゝに衰へぬ。
と見れば思ひまうけぬ所に
目新らしき花の園。
人のいやしき手にて作られし
物と變りて、百種の野花
思ひ/\に咲けるぞめでたき。
何やらん花の根に
うごめく物あり。
眼を下向けて見れば
地龍子なり。
[#改ページ]
みゝずのうた
この夏行脚してめぐりありけるとき、或朝ふとおもしろき草花の咲けるところに出でぬ。花を眺むるに餘念なき時、わが眼に入れるものあり、これ他の風流…