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きのふけふの草花
きのうきょうのくさばな
作品ID3208
著者南方 熊楠
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻14 園芸」 作品社
1992(平成4)年4月25日
入力者渡邉つよし
校正者染川隆俊
公開 / 更新2001-08-01 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今年は気候不順でさきおくれた花が多く、又、秋開く花が初夏から盛りをるのもあるが、兎に角自分の家庭には石竹科の花がいと多く咲き乱れをる。その中で一番妙な伝説をもつのは眼皮だ。枕の草紙に、かにひ(異本にがむひ)の花とあるはこれらしいが、色は濃からねど藤の花にいとよくにて、春秋と二度さくいとをかしとは眼皮と違ふ。達磨大師九年面壁の時、眠くてならぬから自分で上下のまぶたを切つて捨てた処に翌朝この草がはえあつた、花が肉色でまぶたの様だつたので、眼皮と名づけたと、和漢三才図会に俗伝をのせある。
 石竹を仏語でアレ(小さい目)、英語でピンク(細目でまたゝく)と呼ぶのも、花びらが肉色で端の歯が長くて細目のマツゲの体ゆゑの名といふ。和漢三才図会出板の少し前に、本邦へきたケムペルの外国見聞録には、達磨が切捨たまぶたからはえた植物の葉を用ふると眠くなくなつた、その葉のヘリにマツゲ様の歯ありてマブタに似をる、是が茶の初まりだと日本で聞いたと、存分人を茶にした話を記す。

 オランダ石竹
 英語でカーネイションといふは肉色の義で、その花の色によると説くが、本はコロネイションといつたので、昔、花冠にしたから冠といふ意味が正しき由。花の香が丁子の様だからイタリーでジロフリエル、英国で中世ジロフル、共に丁子花の義だ。チョーサーの詩などにある通り、十四世紀頃専ら酒を匂はし、又、料理にも高価の丁子に代用した。この花の砂糖漬は非常な強壮剤で、時々食へば心臓を安んじ、又熱疫を治すといふ。イタリーの百姓、これを熱愛の象とし、彼得尊者特に好むとて、その忌日(六月廿九日)をカーネーション日と称ふ。
 石竹はもと瞿麦と別たず、日本でも撫子、又は常夏は撫子属の諸種の総称だつたが、後には花びらの歯が細く裂けたを瞿麦、和名ナデシコ又、常夏、細く裂けぬを石竹と日本で定めた。清少納言が、なでしこ、唐のは更なり大和もいとをかしといふた通り、ナデシコは野山に自生多いから大和撫子、石竹は支那から入たゆゑカラナデシコといふ。金源三の歌に「もろこしの唐くれなゐにさきにけり、わが日の本の大和撫子」。これ近代の秀歌なれば、定家卿が新勅撰集を編む時、我日本とはこの輩の口にすべきでない、この日本と直さば入れようといふと、一字でも直されてはいけない、且つ日本人はみな皇民なれば天子を我君といふ、この国に生れて我日本といはん事、其人を差別すべきでないといひ張つて、直さず入れられなんだとは余程えらい。無闇にデモクラなど説く輩、わが日本に生れてこんな故事に盲らで外国の受売りのみするは、片腹どころか両腹痛いとこゝに書くと、二た月も立たぬ内に、きつとわが物顔に「金源三の平等観」など題して書立つる者が出る筈、それは盲が窃盗を働らくのだ。
 さて松嶋の雲居は、盗人に取られた残つた金を渡しに立ちかへつたといふから、右の金源三の一条は塵添埃嚢鈔七巻二章…

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