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紅玉
こうぎょく
作品ID3423
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成7」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日
入力者門田裕志
校正者今井忠夫
公開 / 更新2003-09-08 / 2014-09-18
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

時。
  現代、初冬。
場所。
  府下郊外の原野。
人物。
  画工。侍女。(烏の仮装したる)
  貴夫人。老紳士。少紳士。小児五人。
   ――別に、三羽の烏。(侍女と同じ扮装)


[#改ページ]



小児一 やあ、停車場の方の、遠くの方から、あんなものが遣って来たぜ。
小児二 何だい何だい。
小児三 ああ、大なものを背負って、蹌踉々々来るねえ。
小児四 影法師まで、ぶらぶらしているよ。
小児五 重いんだろうか。
小児一 何だ、引越かなあ。
小児二 構うもんか、何だって。
小児三 御覧よ、脊よりか高い、障子見たようなものを背負ってるから、凧が歩行いて来るようだ。
小児四 糸をつけて揚げる真似エしてやろう。
小児五 遣れ遣れ、おもしろい。
凧を持ったのは凧を上げ、独楽を持ちたるは独楽を廻す。手にものなき一人、一方に向い、凧の糸を手繰る真似して笑う。
画工 (枠張のまま、絹地の画を、やけに紐からげにして、薄汚れたる背広の背に負い、初冬、枯野の夕日影にて、あかあかと且つ寂しき顔。酔える足どりにて登場)……落第々々、大落第。(ぶらつく体を杖に突掛くる状、疲切ったる樵夫のごとし。しばらくして、叫ぶ)畜生、状を見やがれ。
声に驚き、且つ活ける玩具の、手許に近づきたるを見て、糸を手繰りたる小児、衝と開いて素知らぬ顔す。
画工、その事には心付かず、立停まりて嬉戯する小児等を[#挿絵]す。
 よく遊んでるな、ああ、羨しい。どうだ。皆、面白いか。
小児等、彼の様子を見て忍笑す。中に、糸を手繰りたる一人。
小児三 ああ、面白かったの。
画工 (管をまく口吻)何、面白かった。面白かったは不可んな。今の若さに。……小児をつかまえて、今の若さも変だ。(笑う)はははは、面白かったは心細い。過去った事のようで情ない。面白いと云え、面白がれ、面白がれ。なおその上に面白くなれ。むむ、どうだ。
小児三 だって、兄さん怒るだろう。
画工 (解し得ず)俺が怒る、何を……何を俺が怒るんだ。生命がけで、描いて文部省の展覧会で、平つくばって、可いか、洋服の膝を膨らまして膝行ってな、いい図じゃないぜ、審査所のお玄関で頓首再拝と仕った奴を、紙鉄砲で、ポンと撥ねられて、ぎゃふんとまいった。それでさえ怒り得ないで、悄々と杖に縋って背負って帰る男じゃないか。景気よく馬肉で呷った酒なら、跳ねも、いきりもしようけれど、胃のわるい処へ、げっそり空腹と来て、蕎麦ともいかない。停車場前で饂飩で飲んだ、臓府がさながら蚯蚓のような、しッこしのない江戸児擬が、どうして腹なんぞ立て得るものかい。ふん、だらしやない。
他の小児はきょろきょろ見ている。
小児三 何だか知らないけれどね、今、向うから来る兄さんに、糸目をつけて手繰っていたんだぜ。
画工 何だ、糸を着けて……手繰ったか。いや、怒りやしない。何の真似だい。
小児一 兄さ…

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