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湯島の境内
ゆしまのけいだい
作品ID3578
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成7」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日
入力者門田裕志
校正者林幸雄
公開 / 更新2002-02-12 / 2014-09-17
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     湯島の境内 (婦系図―戯曲―一齣)

[#挿絵]冴返る春の寒さに降る雨も、暮れていつしか雪となり、
仮声使、両名、登場。
[#挿絵]上野の鐘の音も氷る細き流れの幾曲、すえは田川に入谷村、
その仮声使、料理屋の門に立ち随意に仮色を使って帰る。
[#挿絵]廓へ近き畦道も、右か左か白妙に、
この間に早瀬主税、お蔦とともに仮色使と行逢いつつ、登場。
[#挿絵]往来のなきを幸に、人目を忍び彳みて、
仮色使の退場する時、早瀬お蔦と立留る。
お蔦 貴方……貴方。
早瀬 ああ。(と驚いたように返事する。)
お蔦 いい、月だわね。
早瀬 そうかい。
お蔦 御覧なさいな、この景色を。
早瀬 ああ、成程。
お蔦 可厭だ、はじめて気が付いたように、貴方、どうかしているんだわ。
早瀬 どうかもしていようよ。月は晴れても心は暗闇だ。
お蔦 ええ、そりゃ、世間も暗闇でも構いませんわ。どうせ日蔭の身体ですもの。……
早瀬 お蔦。(とあらたまる。)
お蔦 あい。
早瀬 済まないな、今更ながら。
お蔦 水臭い、貴方は。……初手から覚悟じゃありませんか、ねえ。内証だって夫婦ですもの。私、苦労が楽みよ。月も雪もありゃしません。(四辺を[#挿絵]す)ちょいとお花見をして行きましょうよ。……誰も居ない。腰を掛けて、よ。(と肩に軽く手を掛ける。)
[#挿絵]慥にここと見覚えの門の扉に立寄れば、(早瀬、引かれてあとずさりに、一脚のベンチに憩う。)
お蔦 (並んで掛けて、嬉しそうに膝に手を置く)感心でしょう。私も素人になったわね。
[#挿絵]風に鳴子の音高く、
時に、ようようと蔭にて二三人、ハタハタと拍手の音。
お蔦 (肩を離す)でも不思議じゃありませんか。
早瀬 何、月夜がかい。
お蔦 まあ、いくら二人が内証だって、世帯を持てば、雨が漏っても月が射すわ。月夜に不思議はないけれど、こうして一所におまいりに来た事なのよ。
早瀬 そうさな、不思議と云えば不思議だよ、世の中の事は分らないものだからな。
お蔦 急に雪でも降らなけりゃ可い。
早瀬 (懸念して)え、なぜだ。
お蔦 だって、ついぞ一所に連れて出てくれた事が無かったじゃありませんか。珍しいんだもの。
早瀬 …………
お蔦 ねえ、貴方、私やっぱり、亡くなった親の情が貴方に乗憑ったんだろうとそう思いますわ。……こうして月夜になったけれど、今日お午過ぎには暗く曇って、おつけ晴れて出られない身体にはちょうど可い空合いでしたから、貴方の留守に、お母さんのお墓まいりをしたんですよ。……飯田町へ行ってから、はじめてなんですもの。身がかたまって、生命がけの願が叶って、容子の可い男を持った、お蔦はあやかりものだって、そう云ってね、お母さんがお墓の中から、貴方によろしく申しましたよ。邪険なようで、可愛がって、ほうり放しで、行届いて。
早瀬 お蔦。
お蔦 でも、偶には…

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