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凱旋祭
がいせんまつり
作品ID3648
著者泉 鏡花
文字遣い新字旧仮名
底本 「外科室・海城発電」 岩波文庫、岩波書店
1991(平成3)年9月17日
初出「新小説」第二年第六巻、1897(明治30)年5月
入力者門田裕志
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2003-09-09 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 紫の幕、紅の旗、空の色の青く晴れたる、草木の色の緑なる、唯うつくしきものの弥が上に重なり合ひ、打混じて、譬へば大なる幻燈の花輪車の輪を造りて、烈しく舞出で、舞込むが見え候のみ。何をか緒として順序よく申上げ候べき。全市街はその日朝まだきより、七色を以て彩られ候と申すより他はこれなく候。
 紀元千八百九十五年―月―日の凱旋祭は、小生が覚えたる観世物の中に最も偉なるものに候ひき。
 知事の君をはじめとして、県下に有数なる顕官、文官武官の数を尽し、有志の紳商、在野の紳士など、尽く銀山閣といふ倶楽部組織の館に会して、凡そ半月あまり趣向を凝されたるものに候よし。
 先づ巽公園内にござ候記念碑の銅像を以て祭の中心といたし、ここを式場にあて候。
 この銅像は丈一丈六尺と申すことにて、台石は二間に余り候はむ、兀如として喬木の梢に立ちをり候。右手に提げたる百錬鉄の剣は霜を浴び、月に映じて、年紀古れども錆色見えず、仰ぐに日の光も寒く輝き候。
 銅像の頭より八方に綱を曳きて、数千の鬼灯提灯を繋ぎ懸け候が、これをこそ趣向と申せ。一ツ一ツ皆真蒼に彩り候。提灯の表には、眉を描き、鼻を描き、眼を描き、口を描きて、人の顔になぞらへ候。
 さて目も、口も、鼻も、眉も、一様普通のものにてはこれなく、いづれも、ゆがみ、ひそみ、まがり、うねりなど仕り、なかには念入にて、酔狂にも、真赤な舌を吐かせたるが見え候。皆切取つたる敵兵の首の形にて候よし。さればその色の蒼きは死相をあらはしたるものに候はむか。下の台は、切口なればとて赤く塗り候。上の台は、尋常に黒くいたし、辮髪とか申すことにて、一々蕨縄にてぶらぶらと釣りさげ候。一ツは仰向き、一ツは俯向き、横になるもあれば、縦になりたるもありて、風の吹くたびに動き候よ。

       二

 催のかかることは、ただ九牛の一毛に過ぎず候。凱旋門は申すまでもなく、一廓数百金を以て建られ候。あたかも記念碑の正面にむかひあひたるが見え候。またその傍に、これこそ見物に候へ。ここに三抱に余る山桜の遠山桜とて有名なるがござ候。その梢より根に至るまで、枝も、葉も、幹も、すべて青き色の毛布にて蔽ひ包みて、見上ぐるばかり巨大なる象の形に拵へ候。
 毛布はすべて旅団の兵員が、遠征の際に用ゐたるをつかひ候よし。その数八千七百枚と承り候。長蛇の如き巨象の鼻は、西の方にさしたる枝なりに二蜿り蜿りて喞筒を見るやう、空高き梢より樹下を流るる小川に臨みて、いま水を吸ふ処に候。脚は太く、折から一員の騎兵の通り合せ候が、兜形の軍帽の頂より、爪の裏まで、全体唯その前脚の後にかくれて、纔に駒の尾のさきのみ、此方より見え申し候。かばかりなる巨象の横腹をば、真四角に切り開きて、板を渡し、ここのみ赤き氈を敷詰めて、踊子が舞の舞台にいたし候。葉桜の深翠したたるばかりの頃に候へば、舞台の上下…

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