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女客
おんなきゃく
作品ID3649
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成4」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年10月24日
入力者門田裕志
校正者今井忠夫
公開 / 更新2003-09-09 / 2014-09-18
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

「謹さん、お手紙、」
 と階子段から声を掛けて、二階の六畳へ上り切らず、欄干に白やかな手をかけて、顔を斜に覗きながら、背後向きに机に寄った当家の主人に、一枚を齎らした。
「憚り、」
 と身を横に、蔽うた燈を離れたので、玉ぼやを透かした薄あかりに、くっきり描き出された、上り口の半身は、雲の絶間の青柳見るよう、髪も容もすっきりした中年増。
 これはあるじの国許から、五ツになる男の児を伴うて、この度上京、しばらくここに逗留している、お民といって縁続き、一蒔絵師の女房である。
 階下で添乳をしていたらしい、色はくすんだが艶のある、藍と紺、縦縞の南部の袷、黒繻子の襟のなり、ふっくりとした乳房の線、幅細く寛いで、昼夜帯の暗いのに、緩く纏うた、縮緬の扱帯に蒼味のかかったは、月の影のさしたよう。
 燈火に対して、瞳清しゅう、鼻筋がすっと通り、口許の緊った、痩せぎすな、眉のきりりとした風采に、しどけない態度も目に立たず、繕わぬのが美しい。
「これは憚り、お使い柄恐入ります。」
 と主人は此方に手を伸ばすと、見得もなく、婦人は胸を、はらんばいになるまでに、ずッと出して差置くのを、畳をずらして受取って、火鉢の上でちょっと見たが、端書の用は直ぐに済んだ。
 机の上に差置いて、
「ほんとに御苦労様でした。」
「はいはい、これはまあ、御丁寧な、御挨拶痛み入りますこと。お勝手からこちらまで、随分遠方でござんすからねえ。」
「憚り様ね。」
「ちっとも憚り様なことはありやしません。謹さん、」
「何ね、」
「貴下、その(憚り様ね)を、端書を読む、つなぎに言ってるのね。ほほほほ。」
 謹さんも莞爾して、
「お話しなさい。」
「難有う、」
「さあ、こちらへ。」
「はい、誠にどうも難有う存じます、いいえ、どうぞもう、どうぞ、もう。」
「早速だ、おやおや。」
「大分丁寧でございましょう。」
「そんな皮肉を言わないで、坊やは?」
「寝ました。」
「母は?」
「行火で、」と云って、肱を曲げた、雪なす二の腕、担いだように寝て見せる。
「貴女にあまえているんでしょう。どうして、元気な人ですからね、今時行火をしたり、宵の内から転寝をするような人じゃないの。鉄は居ませんか。」
「女中さんは買物に、お汁の実を仕入れるのですって。それから私がお道楽、翌日は田舎料理を達引こうと思って、ついでにその分も。」
「じゃ階下は寂しいや、お話しなさい。」
 お民はそのまま、すらりと敷居へ、後手を弱腰に、引っかけの端をぎゅうと撫で、軽く衣紋を合わせながら、後姿の襟清く、振返って入ったあと、欄干の前なる障子を閉めた。
「ここが開いていちゃ寒いでしょう。」
「何だかぞくぞくするようね、悪い陽気だ。」
 と火鉢を前へ。
「開ッ放しておくからさ。」
「でもお民さん、貴女が居るのに、そこを閉めておくのは気になります。」

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