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茸の舞姫
きのこのまいひめ
作品ID3657
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成6」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日
入力者門田裕志
校正者高柳典子
公開 / 更新2007-03-09 / 2014-09-21
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

「杢さん、これ、何?……」
 と小児が訊くと、真赤な鼻の頭を撫でて、
「綺麗な衣服だよう。」
 これはまた余りに情ない。町内の杢若どのは、古筵の両端へ、笹の葉ぐるみ青竹を立てて、縄を渡したのに、幾つも蜘蛛の巣を引搦ませて、商売をはじめた。まじまじと控えた、が、そうした鼻の頭の赤いのだからこそ可けれ、嘴の黒い烏だと、そのままの流灌頂。で、お宗旨違の神社の境内、額の古びた木の鳥居の傍に、裕福な仕舞家の土蔵の羽目板を背後にして、秋の祭礼に、日南に店を出している。
 売るのであろう、商人と一所に、のほんと構えて、晴れた空の、薄い雲を見ているのだから。
 飴は、今でも埋火に鍋を掛けて暖めながら、飴ん棒と云う麻殻の軸に巻いて売る、賑かな祭礼でも、寂びたもので、お市、豆捻、薄荷糖なぞは、お婆さんが白髪に手抜を巻いて商う。何でも買いなの小父さんは、紺の筒袖を突張らかして懐手の黙然たるのみ。景気の好いのは、蜜垂じゃ蜜垂じゃと、菖蒲団子の附焼を、はたはたと煽いで呼ばるる。……毎年顔も店も馴染の連中、場末から出る際商人。丹波鬼灯、海酸漿は手水鉢の傍、大きな百日紅の樹の下に風船屋などと、よき所に陣を敷いたが、鳥居外のは、気まぐれに山から出て来た、もの売で。――
 売るのは果もの類。桃は遅い。小さな梨、粒林檎、栗は生のまま……うでたのは、甘藷とともに店が違う。……奥州辺とは事かわって、加越のあの辺に朱実はほとんどない。ここに林のごとく売るものは、黒く紫な山葡萄、黄と青の山茱萸を、蔓のまま、枝のまま、その甘渋くて、且つ酸き事、狸が咽せて、兎が酔いそうな珍味である。
 このおなじ店が、筵三枚、三軒ぶり。笠被た女が二人並んで、片端に頬被りした馬士のような親仁が一人。で、一方の端の所に、件の杢若が、縄に蜘蛛の巣を懸けて罷出た。
「これ、何さあ。」
「美しい衣服じゃが買わんかね。」と鼻をひこつかす。
 幾歳になる……杢の年紀が分らない。小児の時から大人のようで、大人になっても小児に斉しい。彼は、元来、この町に、立派な玄関を磨いた医師のうちの、書生兼小使、と云うが、それほどの用には立つまい、ただ大食いの食客。
 世間体にも、容体にも、痩せても袴とある処を、毎々薄汚れた縞の前垂を〆めていたのは食溢しが激しいからで――この頃は人も死に、邸も他のものになった。その医師というのは、町内の小児の記憶に、もう可なりの年輩だったが、色の白い、指の細く美しい人で、ひどく権高な、その癖婦のように、口を利くのが優しかった。……細君は、赭ら顔、横ぶとりの肩の広い大円髷。眦が下って、脂ぎった頬へ、こう……いつでもばらばらとおくれ毛を下げていた。下婢から成上ったとも言うし、妾を直したのだとも云う。実の御新造は、人づきあいはもとよりの事、門、背戸へ姿を見せず、座敷牢とまでもないが、奥まった処に籠切りの、…

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