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点心
てんしん |
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作品ID | 3740 |
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著者 | 芥川 竜之介 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」 筑摩書房 1971(昭和46)年6月5日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2007-07-25 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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御降り
今日は御降りである。尤も歳事記を検べて見たら、二日は御降りと云はぬかも知れぬ。が蓬莱を飾つた二階にゐれば、やはり心もちは御降りである。下では赤ん坊が泣き続けてゐる。舌に腫物が出来たと云ふが、鵞口瘡にでもならねば好い。ぢつと炬燵に当りながら、「つづらふみ」を読んでゐても、心は何時かその泣き声にとられてゐる事が度々ある。私の家は鶉居ではない。娑婆界の苦労は御降りの今日も、遠慮なく私を悩ますのである。昔或御降りの座敷に、姉や姉の友達と、羽根をついて遊んだ事がある。その仲間には私の外にも、私より幾つか年上の、おとなしい少年が交つてゐた。彼は其処にゐた少女たちと、悉仲好しの間がらだつた。だから羽根をつき落したものは、羽子板を譲る規則があつたが、自然と誰でも私より、彼へ羽子板を渡し易かつた。所がその内にどう云ふ拍子か、彼のついた金羽根が、長押しの溝に落ちこんでしまつた。彼は早速勝手から、大きな踏み台を運んで来た。さうしてその上へ乗りながら、長押しの金羽根を取り出さうとした。その時私は背の低い彼が、踏み台の上に爪立つたのを見ると、いきなり彼の足の下から、踏み台を側へ外してしまつた。彼は長押しに手をかけた儘、ぶらりと宙へぶら下つた。姉や姉の友だちは、さう云ふ彼を救ふ為に、私を叱つたり賺したりした。が、私はどうしても、踏み台を人手に渡さなかつた。彼は少時下つてゐた後、両手の痛みに堪へ兼たのか、とうとう大声に泣き始めた。して見れば御降りの記憶の中にも、幼いながら嫉妬なぞと云ふ娑婆界の苦労はあつたのである。私に泣かされた少年は、その後学問の修業はせずに、或会社へ通ふ事になつた。今ではもう四人の子の父親になつてゐるさうである。私の家の御降りは、赤ん坊の泣き声に満たされてゐる。彼の家の御降りはどうであらう。(一月二日)
御降りや竹ふかぶかと町の空
夏雄の事
香取秀真氏の話によると、加納夏雄は生きてゐた時に、百円の月給を取つてゐた由。当時百円の月給取と云へば、勿論人に羨まれる身分だつたのに相違ない。その夏雄が晩年床に就くと、屡枕もとへ一面に小判や大判を並べさせては、しけじけと見入つてゐたさうである。さうしてそれを見た弟子たちは、先生は好い年になつても、まだ貪心が去らないと見える、浅間しい事だと評したさうである。しかし夏雄が黄金を愛したのは、千葉勝が紙幣を愛したやうに、黄金の力を愛したのではあるまい。床を離れるやうになつたら、今度はあの黄金の上に、何を刻んで見ようかなぞと、仕事の工夫をしてゐたのであらう。師匠に貪心があると思つたのは、思つた弟子の方が卑しさうである。香取氏はかう病牀にある夏雄の心理を解釈した。私も恐らくさうだらうと思ふ。所がその後或男に、この逸話を話して聞かせたら、それはさもあるべき事だと、即座に賛成の意を表した。彼の述べる所によると…