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翻訳小品
ほんやくしょうひん
作品ID3783
著者芥川 竜之介
文字遣い新字旧仮名
底本 「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」 筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日
入力者土屋隆
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-08-03 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




     一 アダムとイヴと

 小さい男の子と小さい女の子とが、アダムとイヴとの画を眺めてゐた。
「どつちがアダムでどつちがイヴだらう?」
 さう一人が言つた。
「分らないな。着物着てれば分るんだけれども。」
 他の一人が言つた。(Butler)

     二 牧歌

 わたしは或南伊太利亜人を知つてゐる。昔の希臘人の血の通つた或南伊太利亜人である。彼の子供の時、彼の姉が彼にお前は牝牛のやうな眼をしてゐると言つた。彼は絶望と悲哀とに狂ひながら、度々泉のあるところへ行つて其水に顔を写して見た。「自分の眼は、実際牝牛の眼のやうだらうか?」彼は恐る怖る自らに問うた。「ああ、悲しい事には、悲し過ぎる事には、牝牛の眼にそつくりだ。」彼はかう答へざるを得なかつた。
 彼は一番懇意な、又一番信頼してゐる遊び仲間に、彼の眼が牝牛の眼に似てゐるといふのは、ほんたうかどうかを質ねて見た。しかし彼は誰からも慰めの言葉を受けなかつた。何故と云へば、彼等は異口同音に彼を嘲笑ひ、似てゐるどころか、非常によく似てゐると云つたからである。それから、悲哀は彼の霊魂を蝕み、彼は物を喰ふ気もしなくなつた。すると、とうとう或日、其土地で一番可愛らしい少女が彼にかう云つた。
「ガエタアノ、お婆さんが病気で薪を採りに行かれないから、今夜わたしと一所に森へ行つて、薪を一二荷お婆さんへ持つて行つてやる手伝ひをして頂戴な。」
 彼は行かうと言つた。
 それから太陽が沈み、涼しい夜の空気が栗の木蔭に漾つた時、二人は其処に坐つてゐた。頬と頬とを寄せ合ひ、互ひに腰へ手を廻しながら。
「をう、ガエタアノ、」少女が叫んだ。「わたしはほんたうに貴方が好きよ。貴方がわたしを見ると、貴方の眼は――貴方の眼は」彼女は此処で一寸言ひよどんだ。――「牝牛の眼にそつくりだわ。」
 それ以来彼は無関心になつた。(同上)

     三 鴉

 鴉は孔雀の羽根を五六本拾ふと、それを黒い羽根の間に[#挿絵]して、得々と森の鳥の前へ現れた。
「どうだ。おれの羽根は立派だらう。」
 森の鳥は皆その羽根の美しさに、驚嘆の声を惜まなかつた。さうしてすぐにこの鴉を、森の大統領に選挙した。
 が、その祝宴が開かれた時、鴉は白鳥と舞踏する拍子に折角の羽根を残らず落してしまつた。
 森の鳥は即座に騒ぎ立つて、一度にこの詐偽師を突き殺してしまつた。
 すると今度はほんたうの孔雀が、悠々と森へ歩いて来た。
「どうだ。おれの羽根は立派だらう。」
 孔雀はまるで扇のやうに、虹色の尾羽根を開いて見せた。
 しかし森の鳥は悉、疑深さうな眼つきを改めなかつた。のみならず一羽の梟が、「あいつも詐偽師の仲間だぜ。」と云ふと、一斉にむらむら襲ひかかつて、この孔雀をも亦突き殺してしまつた。(Anonym)
(大正十四年十二月)



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