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パステルの竜
パステルのりゅう
作品ID3811
著者芥川 竜之介
文字遣い新字旧仮名
底本 「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」 筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日
入力者土屋隆
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-07-28 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 これは上海滞在中、病間に訳したものである。シムボリズムからイマジズムに移つて行つた、英仏の詩の変遷は、この二人の女詩人の作にも、多少は窺ふ事が出来るかも知れない。名高いゴオテイエの娘さんは、カテユウル・マンデスと別れた後、Tin-tun-Ling と云ふ支那人に支那語を習つたさうである。が、李太白や杜少陵の訳詩を見ても、訳詩とはどうも受け取れない。まづ八分までは女史自身の創作と心得て然るべきであらう。ユニス・テイツチエンズはずつと新しい。これは実際支那の土を踏んだ、現存の亜米利加婦人である。日本ではエミイ・ロオウエル女史が有名だが、テイツチエンズ女史も庸才ではない。女史の本は二冊ある。これは一九一七年に出た、二冊目の PROFILES FROM CHINA から訳した。訳はいづれも自由訳である。

     月光
       ――Judith Gautier――

満月は水より出で、
海は銀の板となりぬ。
小舟には、人々盞を干し、
月明りの雲、かそけきを見る。
山の上に漂ふ雲。

人々あるひは云ふ、――
皇帝の白衣の后と、
あるひは云ふ、――
天翔る鵠のむれと。

     陶器の亭
        ――同上――

人工の湖のなか
緑と青と、陶器の亭一つ。
かよひぢは碧玉の橋なり。
橋の反り、虎の背に似つ。

亭中に、綵衣の人ら。
涼しき酒、盃に干し。
物語り又は詩つくる、
高々と袖かかげつつ、
のけ様に帽頂きつつ。

水のなか、
明かにうつれる橋は
碧玉の三日の月めき、
綵衣の人ら
逆様に酒のめる見ゆ、
陶器の亭のもなかに。

     夕明り
      ――Eunice Tietjens――

 乾いた秋の木の葉の上に、雨がぱらぱら落ちるやうだ。美しい狐の娘さんたちが、小さな足音をさせて行くのは。

     洒落者
        ――同上――

 彼は緑の絹の服を着ながら、さもえらさうに歩いてゐる。彼の二枚の上着には、毛皮の縁がとつてある。彼の天鵞絨の靴の上には、[#挿絵]子の裾を巻きつけた、意気な蹠が動いてゐる。ちらちらと愉快さうに。
 彼の爪は非常に長い。
 朱君は全然流行の鏡とも云ふべき姿である!
 その華奢な片手には、――これが最後の御定りだが、――竹の鳥籠がぶらついてゐる。その中には小さい茶色の鳥が、何時でも驚いたやうな顔をしてゐる。
 朱君は寛濶な微笑を浮べる。流行と優しい心、と、この二つを二つながら、満足させた人の微笑である。鳥も外出が必要ではないか?

     作詩術
        ――同上――

 二人の宮人は彼の前に、石竹の花の色に似た、絹の屏風を開いてゐる。一人の嬪妃は跪きながら、彼の硯を守つてゐる。その時泥酔した李太白は、天上一片の月に寄せる、激越な詩を屏風に書いた。
(大正十一年一月)



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