えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
商賈聖母
しょうこせいぼ |
|
作品ID | 3813 |
---|---|
著者 | 芥川 竜之介 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」 筑摩書房 1971(昭和46)年6月5日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2007-07-19 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 1 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
天草の原の城の内曲輪。立ち昇る火焔。飛びちがふ矢玉。伏し重なつた男女の死骸。その中に手を負つた一人の老人。老人は石垣の上に懸けた麻利耶の画像を仰ぎながら、高声に「はれるや」を唱へてゐる。
忽ち又一発の銃弾。
老人はのけざまに仆れたぎり、二度と起き上る気色は見えない。白衣の聖母は石垣の上から、黙黙とその姿を見下してゐる。おごそかに、悠悠と。
白衣の聖母? いや、わたしは知つてゐる。それは白衣の聖母ではない。明らかに唯の女人である。一朶の薔薇の花を愛する唯の紅毛の女人である。見給へ。その女人の下にはかう云ふ金色の横文字さへある。ウイルヘルム煙草商会、アムステルダム。阿蘭陀……