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寸情風土記
すんじょうふどき
作品ID4150
著者泉 鏡花
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十八」 岩波書店
1942(昭和17)年11月30日
入力者門田裕志
校正者米田進
公開 / 更新2002-05-20 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 金澤の正月は、お買初め、お買初めの景氣の好い聲にてはじまる。初買なり。二日の夜中より出立つ。元日は何の商賣も皆休む。初買の時、競つて紅鯛とて縁起ものを買ふ。笹の葉に、大判、小判、打出の小槌、寶珠など、就中、緋に染色の大鯛小鯛を結付くるによつて名あり。お酉樣の熊手、初卯の繭玉の意氣なり。北國ゆゑ正月はいつも雪なり。雪の中を此の紅鯛綺麗なり。此のお買初めの、雪の眞夜中、うつくしき灯に、新版の繪草紙を母に買つてもらひし嬉しさ、忘れ難し。
 おなじく二日の夜、町の名を言ひて、初湯を呼んで歩く風俗以前ありたり、今もあるべし。たとへば、本町の風呂屋ぢや、湯が沸いた、湯がわいた、と此のぐあひなり。これが半纏向うはち卷の威勢の好いのでなく、古合羽に足駄穿き懷手して、のそり/\と歩行きながら呼ぶゆゑをかし。金澤ばかりかと思ひしに、久須美佐渡守の著す、(浪華の風)と云ふものを讀めば、昔、大阪に此のことあり――二日は曉七つ時前より市中螺など吹いて、わいたわいたと大聲に呼びあるきて湯のわきたるをふれ知らす、江戸には無きことなり――とあり。
 氏神の祭禮は、四五月頃と、九十月頃と、春秋二度づゝあり、小兒は大喜びなり。秋の祭の方賑し。祇園囃子、獅子など出づるは皆秋の祭なり。子供たちは、手に手に太鼓の撥を用意して、社の境内に備へつけの大太鼓をたゝきに行き、また車のつきたる黒塗の臺にのせて此れを曳きながら打囃して市中を練りまはる。ドヾンガドン。こりや、と合の手に囃す。わつしよい/\と云ふ處なり。
 祭の時のお小遣を飴買錢と云ふ。飴が立てものにて、鍋にて暖めたるを、麻殼の軸にくるりと卷いて賣る。飴買つて麻やろか、と言ふべろんの言葉あり。饅頭買つて皮やろかなり。御祝儀、心づけなど、輕少の儀を、此は、ほんの飴買錢。
 金澤にて錢百と云ふは五厘なり、二百が一錢、十錢が二貫なり。たゞし、一圓を二圓とは云はず。
 蒲鉾の事をはべん、はべんをふかしと言ふ。即ち紅白のはべんなり。皆板についたまゝを半月に揃へて鉢肴に裝る。逢ひたさに用なき門を二度三度、と言ふ心意氣にて、ソツと白壁、黒塀について通るものを、「あいつ板附はべん」と言ふ洒落あり、古い洒落なるべし。
 お汁の實の少ないのを、百間堀に霰と言ふ。田螺と思つたら目球だと、同じ格なり。百間堀は城の堀にて、意氣も不意氣も、身投の多き、晝も淋しき所なりしが、埋立てたれば今はなし。電車が通る。滿員だらう。心中したのがうるさかりなむ。
 春雨のしめやかに、謎を一つ。……何枚衣ものを重ねても、お役に立つは膚ばかり、何?……筍。
 然るべき民謠集の中に、金澤の童謠を記して(鳶のおしろに鷹匠が居る、あつち向いて見さい、こつち向いて見さい)としたるは可きが、おしろに註して(お城)としたには吃驚なり。おしろは後のなまりと知るべし。此の類あまたあり。茸狩りの唄に、(松みゝ、…

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