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秋の夜がたり
あきのよがたり
作品ID4188
著者岡本 かの子
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本幻想文学集成10 岡本かの子」 国書刊行会
1992(平成4)年1月23日
初出「婦女界」1933(昭和8)年11月
入力者門田裕志
校正者湯地光弘
公開 / 更新2004-05-12 / 2016-01-16
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 中年のおとうさんと、おかあさんと、二十歳前後のむすこと、むすめの旅でありました。
 旅が、旅程の丁度半分程の処で宿をとつたのですがその国の都と、都から百五十里も離れた田舎との中間の或る湖畔の街の静なホテルです。
 その国と云ひましたが、さあ、日本か、外国か、今か、昔かと、それを作者はどう極めませう。実は、日本でも外国でも、今でも昔でも関はないのです。この物語の真実や、真味は、さういふことに一向かまはないで作者の意図に登り、そして読者に語られようとしてゐます。だが挿画画家さんにお気の毒ですね。黒眼を描かうか碧眼を現はさうか縮毛か延髪か描き分けよう術もありませんでせうから。ですから具体的な人物でなくとも、草か木か鳥獣か花かで、この物語の読後の気持を現はして下さつても宜いのです。といつて私がこれ以上くどく画家さんに指図をしなくてもそれはその道の技量敏感で、どうしてでも筋や真実真味のけはひを現はして下さるでせうから、私は私の物語に遠慮なくは入らして頂きませう。
 季節は秋です。夕方すこし烈しかつた風もすつかり落ちて、草木のけはひが風にもまれなかつた前の静なたゝずまひに返り、月が、余り明る過ぎない程の明るさで宵の山の端にかかりました。ホテルの窓からはほんの湖水の一端しか見えませんが、その一端の澄み上つた爽かさが広い全面の玲朗さを充分に想はせる効果をもつて四人の健康な清麗な親子の瞳に沁み入りました。そして、今、給仕人が引下げて行つたばかりの晩餐の幾つもの皿には、その湖水でとれた新らしい香の高い魚類が料理されてあつたのです。それらの皿と入れ違ひに、附近の山でとれたといふ採りたての無花果の実が、はじけ相な熟した果肉を漸く圧へた皮のいろも艶やかに、大きな鉢に入れられて濃いこうばしいお茶と一緒に運ばれました。
――おとうさん。今夜こそ、わたし達は私達の真実のことを、この子供達にお話しいたしませうね。
――ああ、それが好い。
 これがおとうさんの返事です。
――さうよ、おかあさん。もう四五年前からのお約束ですもの。
――僕たちが二十位になつたら話してあげるつて仰つたことがありましたつけ。
 歳も二十と十九の一つ違ひのむすこと、むすめが言ひました。
――まあ無花果をたくさん喰べてな、お茶もこうばしいぞ、月が半分も、あの山の端に傾いた頃から話し出さうよ。
 おとうさんが、きつぱりと云ひますと、先に云ひ出したおかあさんがいそいそとしたなかにもすこし恥し相な赫らめた顔色を見せました。わが母乍ら美くしい愛らしいと、むすめはそれを眺めました。


 おとうさんもおかあさんも、今度一族が出発して来た田舎の人ではありませんでした。実は今夜一晩保養の為に優勝の地として名高い此の湖畔で楽しいくつろぎをしてから更に明日出向いて行かうとする都の生れの人達なのでありました。
 都でもと生れた人が百五十里…

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