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眉の記
まゆのき |
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作品ID | 43008 |
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著者 | 上村 松園 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「青眉抄・青眉抄拾遺」 講談社 1976(昭和51)年11月10日 |
入力者 | 鈴木厚司 |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2004-05-16 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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眉目秀麗にしてとか、眉ひいでたる若うどとか、怒りの柳眉を逆だててとか、三日月のような愁いの眉をひそめてとか、ほっと愁眉をひらいてとか……
古人は目を心の窓と言ったと同時に眉を感情の警報旗にたとえて、眉についていろいろの言いかたをして来たものである。
目は口ほどにものを言い……と言われているが、実は眉ほど目や口以上にもっと内面の情感を如実に表現するものはない。
うれしいときはその人の眉は悦びの色を帯びて如何にも甦春の花のように美しくひらいているし、哀しいときにはかなしみの色を泛かべて眉の門はふかく閉ざされている。
目はとじてしまえばそれが何を語っているかは判らないし、口を噤んでしまえば何もきくことは出来ない。
しかし眉はそのような場合にでも、その人の内面の苦痛や悦びの現象を見てとることが出来るのである。
私はかつて麻酔剤をかけられて手術をうけたあとの病人を見舞ったことがあるが、その人はもちろん目を閉じたままベッドに仰臥していたが、麻酔がもどるにつれて、その苦痛を双の眉の痙攣に現わして堪えしのんでいるのをみて、これなどいささか直訳的ではあるが、眉は目や口以上にその人の気持ちを現わす窓以上の窓だなと思ったことであった。
同時に以前よんだ泉鏡花の「外科医」という小説を思い出したのである。
ながねん想いこがれていた若い国手に麻酔剤なしで意地の手術をうけたかの貴婦人も、手術をうけながら苦痛をこらえ、いささかの苦痛もないかのように装うてはいたものの、美しい双の眉だけはおそらく千言万句の言葉を現わし、その美しい眉は死以上の苦しみをみせていたことであろうと思った。
美人画を描く上でも、いちばんむつかしいのはこの眉であろう。
口元や鼻目、ことに眉となるとすこしでも描きそこなうと、とんだことになるものである。
しりさがりの感じをあたえると、その人物はだらしのないものになってしまうし、流線の末が上にのぼればさむらいのようになって折角の美人も台なしである。
細すぎてもならず、毛虫のように太くてもならず、わずか筆の毛一本の線の多い少ないで、その顔全体に影響をあたえることはしばしば経験するところである。
眉が仕上げのうえにもっとも注意を払う部のひとつであるゆえんである。
眉も女性の髪や帯と同様にそのひとの階級を現わすものである。
王朝時代は王朝時代でちゃんと眉に階級をみせていた。眉のひきかた剃りかたにも、おのずとそのひとひとの身分が現われてい、同時にそれぞれ奥ゆかしい眉を示していたものである。
上[#挿絵]女房――御匣殿・尚侍・二位三位の典侍・禁色をゆるされた大臣の女・孫――の眉と、下位の何某の婦の眉と同じということはない。
むかしは女性の眉をみただけで、あれはどのような素姓の女性であるかということが判った。そこにもまた日本の女性のよさがあ…