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風と裾
かぜとすそ
作品ID443
著者岡本 かの子
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆37 風」 作品社
1985(昭和60)年11月25日
入力者渡邉つよし
校正者菅野朋子
公開 / 更新2000-07-11 / 2014-09-17
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 春の雷が鳴つてから俄に暖気を増し、さくら一盛り迎へ送りして、今や風光る清明の季に入らうとしてゐる。

 ところで、この季節の風であるが、春先からかけて関東は随分吹く。その激しいときは吹きあげる砂ほこりで空は麦粉色になり、太陽は卵の黄身をその中へ落したやうである。郊外住宅者は干し物を東南方の側には出して乾せない日である。
 外を歩いてゐると、いつの間にか曇り出し小さいつむじ風が舗道の散らしビラを漏斗型に捲き上げる。この時である。和装の若い婦人たちが小さい叫び声をあげて所々に跼み竦むのは。いたづらな風が頻りに裾を奪うとするからである。

 風は害虫を攘ひ、花粉の交媒を助ける。五日乃至十日に雨とか風があることは東洋の諺では自然が順調だといふことになつてゐる。一概に風を咎め立ても出来ないし、また近年では和装にも丸綴ぢの腰布を下に着け、なほ重々の用意もあつて本当には何でもないのだが、しかし女の身として斯る場合には必ずシヨツクを受ける。褄は花の如く開かねば趣ないといふ廃頽的の江戸趣味も困るが、この理由をもつて、だからこそ和服も行灯式のスカートにせよといふ改良論者はまた行き過ぎる。

 風の日の外出には髪の網のやうに、褄止めの簡単な工夫が出来たら、もつと和服の着用者も颯々たる風を愛するやうになるだらう。誰人かによき考案を望む。



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