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蒲原有明に帰れ
かんばらありあけにかえれ
作品ID44428
著者萩原 朔太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代詩文庫 1013 蒲原有明」 思潮社
1976(昭和51)年10月1日
初出「羅針 第五輯」1925(大正14)年4月
入力者広橋はやみ
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-12-08 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 僕、先月末出京しました。東京は我があこがれの都。雪のふる夜も青猫の屋根を這ふ大都会。いまは工場と工場との露地の間、職工の群がつてゐる煤煙の街に住んでゐます。黒い煤煙と煉瓦の家の並んでゐる或る貧乏なまづしい長屋に、僕等親子四人が悲しい生活をしてゐます。どうにかしてパンの食へる間だけは、乞食をしても東京を離れたくない。いつまでもこのプロレタリヤの裏町に住んでゐたい。鴉のやうに。

 蒲原有明は僕の崇拝する唯一の詩人。貴君がそれに着眼されたるは流石です。実をいへば詩集「月に吠える」出版の時、序文を是非蒲原有明先生にたのみたく再三書簡を以て懇願したるも返事を下さらないので、遺憾ながら意を果さなかつたやうなわけです。かく僕が蒲原氏の序を切望したるは、僕の詩を以て蒲原氏の新しき正派を自任したからです。有明詩集中、独絃哀歌あたりの作品は実に名篇であつて、今よんでも涙が出るほど好い。何と言ふか、情緒が濃厚でしかも神秘的であつて、あたかもポオの恋愛抒情詩の如く、それで東洋風の香気が強い。「恋」の神秘にして甘き情緒は、僕、有明によつて始めて知れり。この恋の如く神秘的にして、本質的に音楽の情緒に近いものはない。僕の「月に吠える」中なる二三の作品が如き、正にこの神韻を摸してこれを俗化せるものなり。
 かく僕が蒲原先生を崇拝せるにかかはらず、或る人から風聞する所によれば、蒲原氏は痛く僕に悪感を抱いてゐるさうです。然してその理由は、僕が嘗て蒲原氏の詩を悪罵したといふのださうです。これ実に意外のことで、勿論、僕にとつて全然おぼえのないことであるから、よく調べてみた所、かつて僕が文章世界で三木露風氏及びその一派を極端に罵倒し、当時の詩壇の所謂「象徴詩」なるものを徹底的に排斥した。然るに後になつて聞けば、三木露風氏の一派は自ら「蒲原有明の正流」と称し、彼等の「日本象徴詩集」なる書物にも、日本の象徴詩の開祖は蒲原有明で、これを系統して発展したものが露風氏及びその一派であると書いてあります。これによつて思ふに、僕が露風氏等の所謂「象徴詩」を痛撃したことが、間接に蒲原氏の耳に誤伝され、当時既に詩壇を退いてゐた蒲原氏にまで誤つて自家のこととして偏解されたのらしい。風説によれば、僕からの序の依頼をみて蒲原氏曰く「人の芸術を悪罵しておきながら、その同じ人に対して序をたのむとは図々しい奴もあつたものだ」と言はれたさうです。
 始め、蒲原氏が序の懇願に応じてくれなかつた時、多分天才にありがちの物臭さからと思ひ、僕は何とも思はずに居ましたが、後日(最近)になつて上述の風説を知り、自らその意外に驚くと共に、蒲原氏に対して自分の全く曲解されたことが口惜しく残念でたまらずよつてこの消息を近く何かの雑誌に発表しようと思つてゐた所であつた。幸ひ貴君の手紙によつて書くヒントを得たから、全文或いは概要を貴誌に掲載して貰へ…

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