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天鵞絨
びろうど
作品ID45469
著者石川 啄木
文字遣い新字旧仮名
底本 「石川啄木全集 第三巻 小説」 筑摩書房
1978(昭和53)年10月25日
入力者Nana ohbe
校正者川山隆
公開 / 更新2008-11-11 / 2014-09-21
長さの目安約 69 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 理髪師の源助さんが四年振で来たといふ噂が、何か重大な事件でも起つた様に、口から口に伝へられて、其午後のうちに村中に響き渡つた。
 村といつても狭いもの。盛岡から青森へ、北上川に縺れて逶[#挿絵]と北に走つた。坦々たる其一等道路(と村人が呼ぶ)の、五六町並木の松が断絶えて、両側から傾き合つた茅葺勝の家並の数が、唯九十何戸しか無いのである。村役場と駐在所が中央程に向合つてゐて、役場の隣が作右衛門店、万荒物から酢醤油石油莨、罎詰の酒もあれば、前掛半襟にする布帛もある。箸で断れぬ程堅い豆腐も売る。其隣の郵便局には、此村に唯一つの軒燈がついてるけれども、毎晩点火る訳ではない。
 お定がまだ少かつた頃は、此村に理髪店といふものが無かつた。村の人達が其頃、頭の始末を奈何してゐたものか、今になつて考へると、随分不便な思をしたものであらう。それが、九歳か十歳の時、大地主の白井様が盛岡から理髪師を一人お呼びなさるといふ噂が、恰も今度源助さんが四年振で来たといふ噂の如く、異様な驚愕を以て村中に伝つた。間もなく、とある空地に梨箱の様な小さい家が一軒建てられて、其家が漸々壁塗を済ませた許りの処へ、三十恰好の、背の低い、色の黒い理髪師が遣つて来た。頗るの淡白者で、上方弁の滑かな、話巧者の、何日見てもお愛想が好いところから、間もなく村中の人の気に入つて了つた。それが乃ち源助さんであつた。
 源助さんには、お内儀さんもあれば子息もあるといふ事であつたが、来たのは自分一人。愈々開業となつてからは、其店の大きい姿見が、村中の子供等の好奇心を刺戟したもので、お定もよく同年輩の遊び仲間と一緒に行つて、見た事もない白い瀬戸の把手を上に捻り下に捻り、辛と少許入口の扉を開けては、種々な道具の整然と列べられた室の中を覗いたものだ。少許開けた扉が、誰の力ともなく、何時の間にか身体の通るだけ開くと、田舎の子供といふものは因循なもので、盗みでもする様に怖な怯り、二寸三寸と物も言はず中に入つて行つて、交代に其姿見を覗く。訝な事には、少許離れて写すと、顔が長くなつたり、扁くなつたり、目も鼻も歪んで見えるのであつたが、お定は幼心に、これは鏡が余り大き過ぎるからだと考へてゐたものだ。
 月に三度の一の日を除いては、(此日には源助さんが白井様へ上つて、お家中の人の髪を刈つたり顔を剃つたりするので、)大抵村の人が三人四人、源助さんの許で莨を喫しながら世間話をしてゐぬ事はなかつた。一年程経つてから、白井様の番頭を勤めてゐた人の息子で、薄野呂なところからノロ勘と綽名された、十六の勘之助といふのが、源助さんに弟子入をした。それからといふものは、今迄近き兼ねてゐた子供等まで、理髪店の店を遊場にして、暇な時にはよく太閤記や義経や、蒸汽船や加藤清正の譚を聞かして貰つたものだ。源助さんが居ない時には、ノロ勘が銭函から銅貨を盗み出…

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