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岡本一平論
おかもといっぺいろん
作品ID4553
副題――親の前で祈祷
――おやのまえできとう
著者岡本 かの子
文字遣い新字新仮名
底本 「愛よ、愛」 パサージュ叢書、メタローグ
1999(平成11)年5月8日
初出「中央美術」1921(大正10)年2月号
入力者門田裕志
校正者土屋隆
公開 / 更新2004-04-26 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「あなたのお宅の御主人は、面白い画をお描きになりますね。嘸おうちのなかも、いつもおにぎやかで面白くいらっしゃいましょう。」
 この様なことを私に向って云う人が時々あります。
 そんな時私は、
「ええ、いいえ、そうでもありませんけど。」などと表面、あいまいな返事をして置きますが、心のなかでは、何だかその人が、大変見当違いなことを云って居る様な気がします。もちろん、私の家にも面白い時も賑やかな折も随分あるにはあります。
 けれど、主人一平氏は家庭に於て、平常、大方無口で、沈鬱な顔をして居ます。この沈鬱は氏が生来持つ現世に対する虚無思想からだ、と氏はいつも申します。
 以前、この氏の虚無思想は、氏の無頼な遊蕩的生活となって表われ、それに伴って氏はかなり利己的でもありました。
 それゆえに氏は、親同胞にも見放され、妻にも愛の叛逆を企てられ、随分、苦い辛い目のかぎりを見ました。
 その頃の氏の愛読書は、三馬や緑雨のものが主で、其他独歩とか漱石氏とかのものも読んで居た様です。
 酒をのむにしても、一升以上、煙草を喫えば、一日に刺戟の強い巻煙草の箱を三つ四つも明けるという風で、凡て、徹底的に嗜好物などにも耽れて行くという方でした。
 食味なども、下町式の粋を好むと同時に、また無茶な悪食、間食家でもありました。
 仕事は、昼よりも夜に捗るらしく、徹夜などは殆ど毎夜続いた位です。昼は大方眠るか外出して居るかでした。
 しかしそうした放埒な、利己的な生活のなかにも、氏には愛すべき善良さがあり、尊敬すべき或る品位が認められました。
 四五年以来、氏はすっかり、宗教の信仰者になってしまいました。
 始めは、熱心なキリスト教信者でした。しかし、氏はトルストイなどの感化から、教会や牧師というものに、接近はしませんでした。氏は、一度信ずるや、自分の本業などは忘れて、只管深く、その方へ這入って行きました。氏の愛読書は、聖書と、東西の聖者の著書や、宗教的文学書と変りました。同時にあれほどの大酒も、喫煙もすっかりやめて、氏の遊蕩無頼な生活は、日夜祈祷の生活と激変してしまいました。
 その頃の氏の態度は、丁度生れて始めて、自分の人生の上に、一大宝玉でも見付け出した様な無上の歓喜に熱狂して居ました。キリストの名を親しい友か兄の様に呼び、なつかしんで居ました。或時長い間往来の杜絶えて居た両親の家に行き、突然跪いて、大真面目に両親の前で祈祷したりして、両親を却って驚かしたこともありました。また誰かに貰って来たローマ旧教の僧の首に掛け古された様な連珠に十字架上のクリストの像の小さなブロンズの懸ったのを肌へ着けたりして居ました。
 氏の無邪気な利己主義が、痛ましい程愛他的傾向になり初めました。
 やがて、氏は大乗仏教をも、味覚しました、茲にもまた、氏の歓喜的飛躍の著るしさを見ました。その後とて、決してキリ…

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