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さくら
作品ID4556
著者岡本 かの子
文字遣い新字旧仮名
底本 「愛よ、愛」 パサージュ叢書、メタローグ
1999(平成11)年5月8日
初出「中央公論」1924(大正13)年4月号
入力者門田裕志
校正者土屋隆
公開 / 更新2004-02-24 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり

さくら花咲きに咲きたり諸立ちの棕梠春光にかがやくかたへ

この山の樹樹のことごと芽ぐみたり桜のつぼみ稍ややにゆるむ

ひつそりと欅大門とざしありひつそりと桜咲きてあるかも

丘の上の桜さく家の日あたりに啼きむつみ居る親豚子豚

ひともとの桜の幹につながれし若駒の瞳のうるめる愛し

淋しげに今年の春も咲くものか一樹は枯れしその傍の桜

春さればさくらさきけり花蔭の淀の浮木の苔も青めり

ひえびえと咲きたわみたる桜花のしたひえびえとせまる肉体の感じ

散りかかり散りかかれども棕梠の葉に散る桜花ふぶき溜るとはせず

ならび咲く桜の吹雪ぽぷらあの若芽の枝の枝ごとにかかる

わが庭の桜日和の真昼なれ贈りこしこれのつやつや林檎

青森の林檎の箱ゆつやつやと取り出でてつきず桜花の樹のもと

林檎むく幅広ないふまさやけく咲き満てる桜花の影うつしたり

地震崩れそのままなれや石崖に枝垂れ桜は咲き枝垂れたり

しんしんと桜花かこめる夜の家突としてぴあの鳴りいでにけり

しんしんと桜花ふかき奥にいつぽんの道とほりたりわれひとり行く

せちに行けかし春は桜の樹下みちかなしめりともせちに行けかし

さくら花ひたすらめづる片心せちに敵をおもひつつあり

朝ざくら討たば討たれむその時の臍かためけりこの朝のさくら

あだかたきうらみそねみの畜生が桜花見てありとわれに驚く

わが婢なにおもふらむ廚辺の桜花の樹のもとにあちらむき停てり

この朝の桜花の樹のもと小心の与作ものつと歩み出でたり

わが幼稚さひたはづかしし立ち優り咲き揃ひたる春花なれや

咲きこもる桜花ふところゆ一ひらの白刃こぼれて夢さめにけり

わがころも夜具に仕換へてつつましく掻い寝てけり月夜夜ざくら

角立ちのみじかきからに牛の角つのだち行けどふれずさくらに

いみじくも枝垂るるさくら日の本の良子女王が素直きおん眉

可愛ゆしといふわが言の畏こけれ桜花見ますかわが良子ひめ

新しき家居の門に桜花咲けど夜を暗み提灯つけて出でけり

桜花さける道は暗けど一しんに提灯ふりて歩みけるかも

わが持てる提灯の炎はとどかずて桜はただに闇に真白し

いつぽんの桜すずしく野に樹てりほかにいつぽんの樹もあらぬ野に

桜ばな暗夜に白くぼけてあり墨一色の藪のほとりに

つぶらかにわが眼を張ればつぶつぶに光こまかき朝桜かも

ひんがしの家の白かべに八重ざくら淋漓と花のかげうつしたり

さくら咲く丘のあなたの空の果て朝やけ雲の朱を湛へたり

わだつみの豊旗雲のあかねいろ大和島根の春花に映ゆ

ひさかたの光のどけし桜ちるここの丘辺を過ぐる葬列

ほそほそと雫しだるる糸ざくら西洋婦人濡れてくぐるも

糸桜ほそき腕がひしひしとわが真額をむちうちにけり

わが家の遠つ代にひとり美しき娘ありしといふ雨夜夜…

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