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月夜
つきよ
作品ID4573
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻十四」 岩波書店
1942(昭和17)年3月10日
入力者門田裕志
校正者室谷きわ
公開 / 更新2021-09-07 / 2021-08-28
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 月の光に送られて、一人、山の裾を、町はづれの大川の岸へ出た。
 同じ其の光ながら、山の樹立と水の流れと、蒼く、白く、薄りと色が分れて、一ツを離れると、一ツが迎へる。影法師も露に濡れて――此の時は夏帽子も單衣の袖も、うつとりとした姿で、俯向いて、土手の草のすら/\と、瀬の音に搖れるやうな風情を視めながら、片側、山に沿ふ空屋の前を寂しく歩行いた。
 以前は、此の邊の樣子もこんなでは無かつた。恁う涼風の立つ時分でも、團扇を片手に、手拭を提げなどして、派手な浴衣が、もつと川上あたりまで、岸をちらほら[#挿絵][#挿絵]ついたものである。
 秋にも成ると、山遊びをする町の男女が、ぞろ/\續いて、坂へ掛り口の、此處にあつた酒屋で、吹筒、瓢などに地酒の澄んだのを詰めたもので。……軒も門も傾いて、破廂を漏る月影に掛棄てた、杉の葉が、現に梟の巣のやうに、がさ/\と釣下つて、其の古びた状は、大津繪の奴が置忘れた大鳥毛のやうにも見える。
「狐狸の棲家と云ふのだ、相馬の古御所、いや/\、酒に縁のある處は酒顛童子の物置です、此は……」
 渠は立停まつて、露は、しとゞ置きながら水の涸れた磧の如き、ごつ/\と石を並べたのが、引傾いで危なツかしい大屋根を、杉の葉越の峰の下にひとり視めて、
「店賃の言譯ばかり研究をして居ないで、一生に一度は自分の住む家を買へ。其も東京で出來なかつたら、故郷に住居を求めるやうに、是非恰好なのを心懸ける、と今朝も從※[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、219-4]が言ふから、いや、何う仕まして、とつい眞面目に云つて叩頭をしたつけ。人間然うした場合には、實際、謙遜の美徳を顯す。
 其もお値段によりけり……川向うに二三軒ある空屋なぞは、一寸お紙幣が一束ぐらゐな處で手に入る、と云つて居た。家なんざ買ふものとも、買へるものとも、てんで分別に成らないのだから、空耳を走らかしたばかりだつたが、……成程。名所※繪[#「圖」の「回」に代えて「面から一、二画目をとったもの」、219-9]の家並を、ぼろ/\に蟲の蝕つたと云ふ形の此處なんです。
 此れなら、一生涯に一度ぐらゐ買へまいとも限らない。其のかはり武者修行に退治られます。此を見懸けたのは難有い。子を見る事親に如かずだつて、其の兩親も何にもないから、私を見る事從※[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、219-13]に如かずだ。」
 と苦笑をして又俯向いた……フと氣が付くと、川風に手尖の冷いばかり、ぐつしより濡らした新しい、白い手巾に――闇夜だと橋の向うからは、近頃聞えた寂しい處、卯辰山の麓を通る、陰火、人魂の類と見て驚かう。青い薄で引結んで、螢を包んで提げて居た。
 渠は後を振向いた。
 最う、角の其の酒屋に隔てられて、此處からは見えないが、山…

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