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片しぐれ
かたしぐれ
作品ID4576
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻十四」 岩波書店
1942(昭和17)年3月10日
入力者門田裕志
校正者室谷きわ
公開 / 更新2021-09-07 / 2021-08-28
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今も恁う云ふのがある。
 安政の頃本所南割下水に住んで、祿高千石を領した大御番役、服部式部の邸へ、同じ本所林町家主惣兵衞店、傳平の請人で、中間に住込んだ、上州瓜井戸うまれの千助と云ふ、年二十二三の兄で、色の生白いのがあつた。
 小利口にきび/\と立[#挿絵]る、朝は六つ前から起きて、氣輕身輕は足輕相應、くる/\とよく働く上、早く江戸の水に染みて早速に情婦を一つと云ふ了簡から、些と高い鼻柱から手足の爪まで、磨くこと洗ふこと、一日十度に及んだと云ふ。心状のほどは知らず、中間風情には可惜男振の、少いものが、身綺麗で、勞力を惜まず働くから、これは然もありさうな事で、上下擧つて通りがよく、千助、千助と大した評判。
 分けて最初、其のめがねで召抱へた服部家の用人、關戸團右衞門の贔屓と、目の掛けやうは一通りでなかつた。
 其の頼母しいのと、當人自慢の生白い處へ、先づ足駄をひつくりかへしたのは、門内、團右衞門とは隣合はせの當家の家老、山田宇兵衞召使ひの、葛西の飯炊。
 續いて引掛つたのが、同じ家の子守兒で二人、三人目は、部屋頭何とか云ふ爺の女房であつた。
 いや、勇んだの候の、瓜井戸の※[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、451-2]は、べたりだが、江戸ものはころりと來るわ、で、葛西に、栗橋、北千住の鰌鯰を、白魚の氣に成つて、頤を撫でた。當人、女にかけては其のつもりで居る日の下開山、木の下藤吉、一番鎗、一番乘、一番首の功名をして遣つた了簡。
 此の勢に乘じて、立所に一國一城の主と志して狙をつけたのは、あらう事か、用人團右衞門の御新姐、おくみと云ふ年は漸う二十と聞く、如何にも、一國一城に較へつべき至つて美しいのであつた。
 が、此はさすがに、井戸端で名のり懸けるわけには行かない。さりとて用人の若御新姐、さして深窓のと云ふではないから、隨分臺所口、庭前では、朝に、夕に、其の下がひの褄の、媚かしいのさへ、ちら/\見られる。
「千助や」
と優しい聲も時々聞くのであるし、手から手へ直接に、つかひの用の、うけ渡もするほどなので、御馳走は目の前に唯お預けだと、肝膽を絞つて悶えて居た。
 其の年押詰つて師走の幾日かは、當邸の御前、服部式部どの誕生日で、邸中とり/″\其の支度に急がしく、何となく祭が近づいたやうにさゞめき立つ。
 其の一日前の暮方に、千助は、團右衞門方の切戸口から、庭前へ[#挿絵]つた。座敷に御新姐が居る事を、豫め知つての上。
 落葉掃く樣子をして、箒を持つて技折戸から。一寸言添へる事がある、此の節、千助は柔かな下帶などを心掛け、淺葱の襦袢をたしなんで薄化粧などをする。尤も今でこそあれ、其の時分中間が、顏に仙女香を塗らうとは誰も思ひがけないから、然うと知つたものはない。其の上、ぞつこん思ひこがれる御新姐お組が、優しい風流のあるのを窺…

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