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二た面
ふたおもて
作品ID4585
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻十五」 岩波書店
1940(昭和15)年9月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-10-01 / 2014-09-16
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

送り猫

 話は別にある……色仕掛で、あはれな娘の身の皮を剥いだ元二と云ふ奴、其の袷に一枚づゝ帶を添へて質入れにして、手に握つた金子一歩としてある。
 此の一歩に身のかはを剥がれたために可惜や、お春と云ふ其の娘は繼母のために手酷き折檻を受けて、身投げをしたが、其も後の事。件の元二はあとをも見ないで、村二つ松並木を一帳場で瓜井戸の原へ掛つたのが彼これ夜の八ツ過であつた。
 若草ながら廣野一面渺茫として果しなく、霞を分けてしろ/″\と天中の月はさし上つたが、葉末に吹かるゝ我ばかり、狐の提灯も見えないで、時々むら雲のはら/\と掛るやうに處々草の上を染めるのはこゝに野飼の駒の影。
 元二は前途を見渡して、此から突張つて野を越して瓜井戸の宿へ入るか、九つを越したと成つては、旅籠屋を起しても泊めてはくれない、たしない路銀で江戸まで行くのに、女郎屋と云ふわけには行かず、まゝよとこんな事はさて馴れたもので、根笹を分けて、草を枕にころりと寢たが、如何にも良い月。
 春の夜ながら冴えるまで、影は草葉の裏を透く。其の光が目へ射すので笠を取つて引被つて、足を踏伸ばして、眠りかけるとニヤゴー、直きそれが耳許で、小笹の根で鳴くのが聞えた。
「や、念入りな處まで持つて來て棄てやあがつた。野猫は居た事のない原場だが。」
 ニヤゴと又啼く。耳についてうるさいから、しツ/\などと遣つて、寢ながら兩手でばた/\と追つたが、矢張聞える、ニヤゴ、ニヤゴーと續くやうで。
「いけ可煩え畜生ぢやねえか、畜生!」と、怒鳴つて、笠を拂つてむつくりと半身起上つて、透かして見ると何も居らぬ。其の癖四邊にかくれるほどな、葉の伸びた草の影もなかつた。月は皎々として眞晝かと疑ふばかり、原は一面蒼海で凪ぎたる景色。
 ト錨が一具据つたやうに、間十間ばかり隔てて、薄黒い影を落して、草の中でくる/\と[#挿絵]る車がある。はて、何時の間に、あんな處に水車を掛けたらう、と熟と透かすと、何うやら絲を繰る車らしい。
 白鷺がすらりと首を伸ばしたやうに、車のまはるに從うて眞白な絲の積るのが、まざ/\と白い。
 何處かで幽に、ヒイと泣き叫ぶ、うら少い女の聲。
 晝間あのお春が納戸に絲を繰つて居る姿を猛然と思出すと、矢張り啼留まぬ猫の其の聲が、豫ての馴染でよく知つた、お春が撫擦つて可愛がつた黒と云ふ猫の聲に寸分違はぬ。
「夢だ。」
 と思ひながら瓜井戸の野の眞中に、一人で頭から悚然すると、する/\と霞が伸びるやうに、形は見えないが、自分の居まはりに絡つて啼く猫の居る方へ、招いて手繰られたやうに絲卷から絲を曳いたが、幅も丈も颯と一條伸擴がつて、肩を一捲、胴で搦んで。
「わツ。」
 と掻拂ふ手をぐる/\捲きに、二捲卷いてぎり/\と咽喉を絞める、其の絞らるゝ苦しさに、うむ、と呻いて、脚を空ざまに仰反る、と、膏汗は身體を絞つて、颯と吹く風に目が…

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