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方言
ほうげん
作品ID46961
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 3」 中央公論社
1995(平成7)年4月10日
初出「土俗と伝説 第一巻第一―三号」1918(大正7)年8~9月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-05-16 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

○くびだけ 今は方言と言はれぬ語であるが、くびだけは首ばかりが水面に出てゐる様子で、沈湎・惑溺の甚しい事を言ふのだ、と思うてゐた処、大阪天満女夫池に、妻を追うて入つた夫の歌と言ふのに「水洩らぬ契りの末は首たけに思ひしづみし女夫池かな」極めて要領を得ぬ物であるが、首長とは着長に対した語で、頭をもこめた長の義であらう、と思ひあたつた。首が出る段でなく、ずんぶりつかつて了ふことであらう。東京人のくびつたけの促音は、くびのたけの積りであるので、だけ(而已)に力をこめたのではなからう。
○さくら 縁日などに出る香具師の仲間では、客の買ひ方を速める為に、囮になつて、馴れあひで物を買ふ。此類に限らず、其外にも、人目は関係ない様に見せかけて、実は、脈絡をもつて悪い事をする第三者、譬へば、手品師に於ける隠れ合図をする者・すりのすつた品物を途中で受けとる人間など、すべて相掏り(あひずり)と言はれるものを、大阪ではさくらと言ふ。此は、花合せの札の三月の分が、殊に目につく藍刷りであつた為かと思ふが、他に案があつたら、教へて下さい。
○祭りの翌日 祭りの前の日のよみや、祭日の本まつりなどは、何処でも通用するが、祭りの翌日には、行事のあるところと、ないところとがある様だし、用語も、地方によつて、まち/\な様である。熊本のおけあらひ(桶洗ひか)大阪のごえん(後宴か御縁か)などは聞いた。祭りのなごりを惜しむ人々の残つてゐる今の間に蒐めておきたい。
○もろに 東京でも、今は諸国の人々の寄り合ひになつて了うた為、大抵の国々の語の包括を遂げた様に見える。其でも、下町の年よりの早口の会話を聞くと、かなり意の通ぜぬ語に出くはす。今の間に、小説家などが、もつと書きとめて置いてくれゝばと思ふ。もろになど言ふ副詞は、実の処、私にはまだ、的確に意義が掴まれぬ。初めは「両に」で、両手でさしあげたりする意の、相撲とりの仲間からとり入られたものと考へて、其まはしを両手でひいて、軽々とさしあげる意から、軽々と・たやすくなど言ふ意が、胚胎せられて来たものと思うた。
処が、事実はすつかり違ふ様である。もろには「脆く」と一つで、上方のぼろくそ・ぼろいなど言ふ語と密接な関係があつたのである。其について思ひ起すのは、友人永瀬七三郎君が、北河内三个江の口(野崎の近辺)に住んだ頃、こもろいと言ふ形容詞をよく耳にした。だから、大阪のぼろいはこもろいと一つで、脆いと言ふ語が語原であらう、と言うてゐたことである。ぼろいと言ふのは「手もなくうまい事をした」場合などに言ふ語で、過大な好結果を示すのである。言ひ換へれば、さのみの苦労をせずに、思ひがけぬ利益を得ることをいふ。今日の言語情調からすれば、ぼる(貪)と言ふ語と親類らしく感ぜられるのであるが、事実は、やはり別であらう。
其は、ぼろくそと言ふ語が、同時に行はれてゐるのを、参考して見ても…

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