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国文学の発生(第四稿)
こくぶんがくのはっせい(だいよんこう)
作品ID47023
副題唱導的方面を中心として
しょうどうてきほうめんをちゅうしんとして
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 1」 中央公論社
1995(平成7)年2月10日
初出「日本文学講座 第三・四・一二巻」1927(昭和2)年1、2、11月
入力者野口英司、門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2010-06-02 / 2014-09-21
長さの目安約 111 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

呪言から寿詞へ


一 呪言の神

たゞ今、文学の信仰起原説を最頑なに把つて居るのは、恐らくは私であらう。性の牽引や、咄嗟の感激から出発したとする学説などゝは、当分折りあへない其等の仮説の欠点を見てゐる。さうした常識の範囲を脱しない合理論は、一等大切な唯の一点をすら考へ洩して居るのである。音声一途に憑る外ない不文の発想が、どう言ふ訣で、当座に消滅しないで、永く保存せられ、文学意識を分化するに到つたのであらう。恋愛や、悲喜の激情は、感動詞を構成する事はあつても、文章の定型を形づくる事はない。又第一、伝承記憶の値打ちが、何処から考へられよう。口頭の詞章が、文学意識を発生するまでも保存せられて行くのは、信仰に関聯して居たからである。信仰を外にして、長い不文の古代に、存続の力を持つたものは、一つとして考へられないのである。
信仰に根ざしある事物だけが、長い生命を持つて来た。ゆくりなく発した言語詞章は、即座に影を消したのである。
私は、日本文学の発生点を、神授(と信ぜられた)の呪言に据ゑて居る。而も其古い形は、今日溯れる限りでは、かう言つてよい様である。稍長篇の叙事脈の詞章で対話よりは拍子が細くて、諷誦の速さが音数よりも先にきまつた傾向の見える物であつた。左右相称・重畳の感を満足させると共に、印象の効果を考へ、文の首尾の照応に力を入れたものである。さうした神憑りの精神状態から来る詞章が、度々くり返された結果、きまつた形を採る様になつた。邑落の生活が年代の重なるに従つて、幾種類かの詞章は、村の神人から神人へ伝承せられる様になつて行く。
春の初めに来る神が、自ら其種姓を陳べ、此国土を造り、山川草木を成し、日月闇風を生んで、餓ゑを覚えて始めて食物を化成した(日本紀一書)本縁を語り、更に人間の死の起原から、神に接する資格を得る為の禊ぎの由来を説明して、蘇生の方法を教へる。又、農作物は神物であつて、害ふ者の罪の贖ひ難い事を言うて、祓への事始めを述べ、其に関聯して、鎮魂法の霊験を説いて居る。
かうした本縁を語る呪言が、最初から全体としてあつたのではあるまい。土地家屋の安泰、家長の健康、家族家財の増殖の呪言としての国生みの詞章、農業に障碍する土地の精霊及び敵人を予め威嚇して置く天つ罪の詞章、季節の替り目毎に、青春の水を摂取し、神に接する資格を得る旧事を説く国つ罪――色々な罪の種目が、時代々々に加つて来たらしい――の詞章、生人の為には外在の威霊を、死人・惚け人の為には游離魂を身中にとり込めて、甦生する鎮魂の本縁なる天ノ窟戸の詞章、家屋の精霊なる火の来歴と其弱点とを指摘して、其災ひせぬ事を誓はせる火生みの詞章、――此等が、一つの体系をなさぬまでも、段々結合して行つた事は察せられる。
本縁を説いて、精霊に過去の誓約を思ひ出させる叙事脈の呪言が、国家以前の邑落生活の間にも、自由に発生したも…

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