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新しい国語教育の方角
あたらしいこくごきょういくのほうがく
作品ID47178
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 12」 中央公論社
1996(平成8)年3月25日
初出「教育論叢 第十三巻第五号」1925(大正14)年5月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-05-09 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

私くらゐの若い身で、こんな事を申すのは、大層口はゞつたい様で、気恥しくもなるのですが、記者の方の設問が、私の考へ癖に這入つて来ましたので、遠慮ないところを申しあげます。
私などがまづ、今の世間では、一番正当に国学者の伝統を承けた若者と言はゞ言へる人間なのでせう。私の教室でする講義ぶりや表出などを反省して見ましても、亡くなられた恩師三矢重松先生の俤が、あり/\自分の内に生きてゐるのに驚かれます。其に、私の最若い時分の頭を支配せられた先生は、敷田年治翁の子飼ひのお弟子だつた亀島三千丸と言ふ方でした。
私どもと同時代の若い文学者の方々と比べて、心の上にある自由が失はれてゐることは、私自身にもわかります。其と共に、ある誇りを感じてゐる点も、理会の進んだ国語教育者諸君に、認容して頂ける事と存じます。幸に私は、大阪の場末に育ちました。書物の廉い時世に、わりに窮迫せない中学時代を過しました。帝国文庫などは、かうした少年の古典欲――とでも申しませうか――には恰好のものでした。柔弱な私には、「太平記」や「盛衰記」などよりも、近松物、種彦物などが親しまれました。一方「少国民」「少年世界」に飽いても、四角ばつた「少年文集」や「中学世界」などを毛嫌ひした私は、兄や父のとつて居た「文庫」、「太陽」などの盗み読みを楽しみました。
今の中学の様子からは、空想も出来ない話ですが、その頃二年上級の友人に恐しく早熟な読書家がありました。源氏物語も尠くとも、「須磨源氏」位の習得は持つて居た様です。其うへ、なか/\の雑書読みで、江戸の軟らかな物は元より、支那小説の類までも知つて居るのでした。昼の休みなどに、運動場の隅に此友人を真中に、小さな輪をつくつて耳を欹てた私たちの若い顔のほてりや、心の動きを回想する事が出来ます。
源氏の、空蝉と軒端の荻とに動揺する両様の心持ちなどは、たいした誤解なく説明して聞かされた事を覚えて居ます。又、うぢ/\顔もえ挙げないで、「覚後禅」の梗概に耳傾けた自分を思ひ出さずには居られません。
かうした先輩を持つた私の読書欲が、ませない訳はありません。乱読の傾向は、益々激しくなつて行くばかりでした。併し此が後々、王朝以前の書物以外を顧る事の出来なくなつてからの私に、どれだけ役に立つてくれてゐるか訣らないのです。
中学二年の時に父をいたぶつて大判の言海を買うて貰うて戻つた車の上の、ゑましい気分が思ひ出されます。その後一年目に河内へ嫁入つて居た姉の藪入りの時に、万葉集略解の四六判の洋本をゆすり得た時の気分も、まだあり/\と残つてゐます。
其後私の生活気分の底に万葉読みから浸み出たものが、ちび/\こびりついて来たのではないかと思ひます。
        ○
而も飽くまで幸福であつた私は、此等の乱読を整理する根本原理の様なものを、とり込む事が出来てゐました。其は、中学三…

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