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国語と民俗学
こくごとみんぞくがく |
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作品ID | 47184 |
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著者 | 折口 信夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「折口信夫全集 12」 中央公論社 1996(平成8)年3月25日 |
初出 | 「愛知県教育会・民間伝承の会共催民俗学講習会講演筆記」1937(昭和12)年3月30日、「愛知教育 第六〇九・六一〇・六一一号」1938(昭和13)年9月、10月、11月 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2009-08-26 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 82 ページ(500字/頁で計算) |
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一 国語と民俗学
私の題は非常に面白さうな題目ですが、私にはまだこの話を完全に申上げる事が出来ません。どうぞ、そのお積りで鷹揚に聞いて戴きたいと思ひます。守随さん、大間知さんそれに私、この三人で、柳田先生の代役を勤めてゐるもの、かう見て戴きたいと思ふのであります。併し、力は三人かゝつて行つても柳田先生に叶はぬ。さう申して私はかまひませんけれど、大間知さん、守随さんに済みませんから、三人で叶ふものとかう見て戴きます。
昨日以来、大体に於いて、只今の民俗学の概念はお汲み取り下さつたものと存じます。それで、もと/\民俗学と言ふ事に就いて話して居りましたら、大変な時間のかゝる事ですから、それは飛越して、先へ話を進めて行く積りでをります。私共の一部の間では、若し許して戴くことが出来れば、民俗と言ふ言葉を註釈する為に「前代の知識」と言ふ言葉を使つても良いと考へてをります。果して、前代の知識と言ふのが完全に当て嵌るかどうか訣りません。民俗でなくても、前代から伝つてをる知識と言ふものは沢山あるんですから、完全でないと言ふ事は大体感じる事が出来ますけれども、さう言つてしまへば、何だつてそれ程完全なものはないんですから、先づ、前代の知識と言ふ位の事を以て、民俗と言ふ言葉の説明に代へて、話をして行きたいと思ひます。
民俗学の為事としては独立の民俗学、民俗学それ自身独立してやつて行つてゐる方面、それからまう一つ補助学科としての民俗学がある。つまり、学問の方法としての民俗学で、この二つの方面がございます。この第二の方の、方法として用ゐられる民俗学と言ふものゝ方が、比較的世間に取入れられ易い為に、どうかすると、民俗学と言ふものは補助学科だと言ふ風に見られ勝ちです。我々同人達が共同で進んで行つて、民俗学の独立性を確実にしようと只今致してをります。これはたゞに日本だけの為事ではない。さうすれば大変大きな為事になつて来る。かう言ふ考への下にやつてゐる訣です。
私最近東京の方で講演がありまして、「国文学と民俗学」と言ふ話を申しました。その関係からこちらの方でも「国語と民俗学」と言ふ話をする事になつた訣です。つまり、この題から申しますと言ふと、「国語の補助学科としての民俗学」と言ふ事に、話の見当が定つて来ると存じます。だが只今申上げた様に私共の為事と言ふものは、まう少し先に行きたい。つまり、独立の民俗学と言ふものをはつきりさせよう、と言ふ事を始終考へてゐるのですから、今日のお話は、民俗学を補助学科としての意味で御聞き下さつては、不都合な事が大分出て来るかも知れません。
それに致しましても一番最初に、この国語と民俗学との接触面の、一番緊密な処は何処かと申しますと、国語学のうちでの最も古い態度、つまり、訓詁解釈、世間の一部の学者から憐まれて居る態度の、訓詁解釈であります。訓詁解釈と言ふも…