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まれびとの歴史
まれびとのれきし
作品ID47201
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 4」 中央公論社
1995(平成7)年5月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-12-20 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

こゝに一例をとつて、われ/\の国の、村の生活・家の生活のつきとめられる限りの古い形の幾分の俤を描くと共に、日本文学発生の姿をとり出して見たいと思ふ。私は、まれびとと言ふ語及び、その風習の展開をのべて見る。
普通われ/\の古代・王朝など言うて居る時代のまれびとなる語が、今日の「お客」或は敬意を含んで、「賓客」など言ふ語に飜して、果してかつきりとあてはまるであらうか。雑作もない隣近所の村人の這入つて来るのは、まれびとと言ふだけの内容にそぐはない事は、今の人にも納得出来よう。けれども、遠人或は、久しぶりの来訪に対して誇張を持つて表現した事を心づかないで来た。
実はまれびとは人に言ふ語ではなかつた。神に疎くなるに連れて、おとづれ来る神に用ゐたものが、転用せられて来たのであつた。けれども、単純に来客に阿るからの言ひ表しでなく、神と考へられたものが人になり替つて来た為に、神に言ふまれびとを、人の上にも移して称へたのが、更に古く、敬意の表現に傾いたのは、其が尚一層変化した時代の事であつた。
我々の古代の村の生活に、身分の高い者が、低い境涯の人をおとづれる必要は起らなかつたのである。旅をして一時の宿りを村屋に求めた例は、記・紀・風土記に、古代の事として記録した物語に見えても、平時はさうした必要はなかつた。又、村々の生活に於いて、他郷の人の来訪は、悪まれ恐れられて居た。おなじ村に於いて、賓客と言はれる種類の人は、来る訣はなかつたのである。賓客・珍客の用語例に正確に這入つて来た後期王朝にも、誇張が重なつて、高い身分の人の来訪は、こと/″\しい儀式を張らねばならぬあり様であつた。其は、階級が一つ違うても、真に「稀人」の感じを持つだけの歓迎をした事でも知れる。
ある種類のまれびと以外には、人の家を訪ふ事は、其家のあるじを拝する事になつたからである。天子、功臣の家に望まれる様な事は、奈良の世にもあるが、其は外戚として親等が高い場合か、おとづれる神即まれびとの資格を以て臨まれたかである。幾分、天子神秘観がへつたところへ、支那風の臣屋臨御の風を知つて、自由な気分が兆して居た為もあらう。其が権臣の第宅の宴会へのみゆきであつた場合は、明らかに神の資格でおとづれた古風なのである。だから、空漠たる天子或は、貴種の人の民間に流離し、又一宿を村家に求めたなど言ふ民譚は、神の物語の人間に飜訳せられたに過ぎないのである。
貴人が、臣の家に臨むを迎へる為と見える饗宴は、実は中間に饗宴を行ふ条件として、珍客を横座に据ゑる必要の心に持たれてゐた時代を経てゐるのである。さうして、初の姿に還つて、迎へる為の宴と考へられる様になつたのだが、本意は既に変じてゐた。おとづれる神としての考へは、すつかりなくなつた。真に賓客としての待遇法が具つて来た。武家の形づくつた中世には、貴人と豪家との間に、主従関係の睦しさから、殆対…

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