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虹と感興
にじとかんきょう
作品ID47321
著者上村 松園
文字遣い新字新仮名
底本 「青眉抄・青眉抄拾遺」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「大毎美術 第十一巻第一号」1932(昭和7)年1月
入力者川山隆
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2008-06-22 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は今婦女風俗の屏風一双を描いておりますが、これは徳川末期の風俗によったもので、もうそろそろ仕上りに近づいております。
 これは東京某家へ納まるものです。もちろん画題のことなどは殆ど私まかせのものですが、私も何か変った図を捉えたいと思いまして、日を送っていました。この依頼を受けたのは、夏前頃のことでしたから、図題も自然と夏季の初め、すなわち初夏頃のものになりました。

 私は、図題をきめるのに、かなり大事をとりますので、これにも、しぜん時日を要するわけですが、ある日の夕暮、私は、うちで行水を致しておりますと、ちょうどその時、涼しい一と夕立ちが上りまして「虹が立った、虹が立った」とうちのものが申します。それで、私も思わず行水から出て、東の方を見ますと、鮮やかな虹が立っておりました……その時私は、頓にこの屏風の図題に思いついたのでした。私は虹を背景にして、人物を組立てることに、ほぼ案が立ったわけです。

 こういう不意の感興に打たれますと、案外早く図組なども心に浮かんでくるものでして、私はその時に、あらまし立案だけは出来たのでした。
 それで右の片双には、前に竹床几を置き、これに一人の娘が腰をおろしております。そしてその床几と人物の背後には、夏萩があります。夏萩は白い花をいい頃合に着けて、夕暮れ頃の雨上りの露を含んでおります。

 左の片双には、娘が幼な児を抱いて立っておるのですが、この方へ、その背景に虹を用いたわけです。
 一双の図組の中に出ている気分は、初夏のある夕べの雨上り、湿った空気の中に、軽い涼しさがさわやかに流れておるという点を出したいと思ったものですが、その爽やかさと、婦人の美しさが、互いに溶け合って、そこに一種の清い柔かい何かが醸し出されるなら、仕合せだと考えます。
 虹は、七色から成立っておると申しますが、屏風のは、かっきり明らかに七色を組合せたというわけでもないのです。これはあまりかっきり出しますと、色彩的には美しいかも知れませんが、それでは調子を荒だてるようにもなりますから、そういう破綻を出すまいと、私としてはかなり苦心してみました。

 私はこの前、徳川喜久子姫の御入輿に、今は高松宮家に納まっています一双の御屏風も、これに似た調子のものでして、これにも萩を描き加えました。この方の萩は秋萩でして、右片双には中年の婦人を用いました。

 前に感興のことをちょっと述べましたが、私たち筆執るものには、この感興は非常に大事なことで、感興の高さ、深さの如何によって、作品の調子がきまるわけですから、そういう感興によって出来た作品は、小さなものとか、簡単なものは別として、大きなもの、力のはいったものはなかなか、二度と再び出かそうといっても、とても出来そうには思えません。

 帝展は東京と、こちら(京都)で二度見ました。いろいろ婦人画も見ましたが、善悪可…

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