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「八島」語りの研究
「やしま」かたりのけんきゅう
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 21」 中央公論社
1996(平成8)年11月10日
初出「多磨 第八巻第二号」1939(昭和14)年2月
入力者門田裕志
校正者フクポー
公開 / 更新2019-08-31 / 2019-07-30
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

春のはじめに、私は「八島」を語らうと思ひ立つた。ところは屋島であり、祝つて八島・矢島と言ふやうな字面を何時の代からか、用ゐ出した勝ち修羅物である。
一つは、此国の昔に戻つた気風の漲つて居る時である。一つは、白秋さんの生国柳川に近い昵み深い大江の幸若の舞の詞にも、縁の濃いもので、この親友の健康を祝賀する心には、大いに叶ふものがあると思ふのである。又私にも一つ、之を古く筆記して残しておいてくれた伊藤良吉君の上にも、吉きこと来よと祈り添へさせて貰ふ気である。
早々よい事ではないが、聴いて下さい。去る昭和八年来、友人某に貸してあつた久我家文書の中、当道・盲僧一類に関する記録文書が、おしつまつて、私の手もとに戻つて来た。長く出たまゝになつて居たので、今はその整理調査に忙しい。其中、九州一円に居た地神盲僧と称する琵琶弾き――師の房など称する――の演芸種目の中にも、此が重いものとなつて居るのが「八島」であつた。壱岐の島の師の房の生活を詳しく語つてくれた、亡き菊地武徳氏が、あの海に向つた長者原を、すこし節がゝつた言ひ廻しで、思ひ出し/\「八島」を語り乍ら歩いて行かれた俤が、今もかうしてゐると、目の前に出て来る。けれども、無念なことには、壱岐の「八島」の台本は、併しとう/\見ないでしまつた。
「八島」と言へば、直に謡の「八島」に出て来るやうに、いきなり八島合戦が語られるのだと思つてゐる人が多いかも知れない。併し其謡すら、約束通り、旅僧に対して、塩屋の翁の姿で現れたしてが語るのである。だから、場処は直接屋島ノ浦ではあるが、物語は一つの手順を越してゐる訣である。
昔から何故、度々、色んな風に「八島」が物語られたか。其あり様と理由らしいものを、お話することが出来れば幸である。さう言ふ関心を持ち出しかけたのは、先年、日本青年会館の「郷土舞踊・民謡の会」に、遠州周智郡奥山村西浦から、古い田楽舞ひの来たことがある。その演じた種目の中に一つの「八島」があつて、鬼の面をつけた二人が、あひ舞ひをする。と言ふよりは、「立ち合ひ」と言ふべき種類かも知れぬ。謡ふ文句は謡曲の「八島」の文句の訛つたものに過ぎない。其よりも心ひかれたのは、其ふし廻しであつた。其筋を聴き乍ら思うたことは、此謡自身は固より本格のものからは遥かに遠いものであり、又古い俤をどんな程度に残してゐるかゞ問題であると言ふことだつた。だが、其から見れば、今の謡は、甚進んでゐる。而も変化さへしてゐる。昔の謡はともかくもつと、情ないものだつたに違ひないであらう。その、人を寂しませる謡で而も、鬼の面を着けた二人が行きつ戻りつあひ舞ひをするのが、如何にも景清・三保ノ谷に見え、又、能登守・継信にも見えた。この村に二春出かけて見た私には、殊に深い印象があつた。
こゝでも「八島」は重いものとしてゐた。なぜさうまでして謡はなければならないか。日本の種々…

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