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薪能と呪師走の翁
たきぎのうとすしはしりのおきな
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 21」 中央公論社
1996(平成8)年11月10日
初出「春日神社パンフレット」1950(昭和25)年2月
入力者門田裕志
校正者フクポー
公開 / 更新2019-10-09 / 2019-09-27
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


久しく絶えてゐた薪能が復活して、こゝに再、恒例の行事となつたのは、近年のことである。志深い大和侍の児孫と称する人があつて、南都の神事芸能を興すことを以て、偏に祖先にこたへる道と信じ、世の思議を越える奇特を行つたことによるのである。
旧日本の民俗には、年の初め一月望日に御薪を積んで、平常仕へる所に勤労の誠を示す風、既に飛鳥の宮廷記録があり、現に「小正月」の習俗として残存する地方も多い。
薪能の語原に就いて、近年傾聴すべき新説のあることも知つてゐる。が、姑らく先輩の説に卑見をもまじへて、啓蒙の文を綴る。
興福寺東西金堂の鎮守河上・氷室両社の神が、右二堂の仏の為の御薪を積む儀が、二月初めの修二会に併せ行はれた昔から、時を経ていつか西金堂ばかりに執り行ふことになり、更におなじ寺の南大門の芝に、処を定めるに到つたのである。
翁姿の聖者の修二会に来臨した宗教儀礼が、薪を負ふ老躰の振舞ふ芸能になりゆく径路は、想像するに容易である。この芸が薪猿楽と呼ばれたのは、猿楽者の演ずる猿楽であつて、薪を積む古習俗に起因することを忘れなかつたことを示すものである。
一体、猿楽者の興隆したのは、恰も、確執多い大和侍の競ひ起つた時に当つてゐた。宮寺の旧儀も世間動乱に妨げられて、定例どほり行ふことの方が、珍しいほどであつた。
修二会は行ふことなく、薪猿楽独り行はれることもあつた乱離の間に、其も栄えるものは栄えて、猿楽全盛の春は来た。
古くは二月二日、近代の風では、其六日から向う一七日。その中、三日目以後は、毎日一座、四日間、四座の太夫の薪猿楽奉納が、春日社頭に行はれる。最後の日は、四座打ち揃つて南大門の能が行はれた。
猿楽者の持つ芸種目は、必しも単純ではなかつた。種々先行芸能、田楽・曲舞・小歌の類にして、猿楽の中に併容せられずにゐたものは寧、少かつた位である。外来の伝統を持つ呪師の技術も、固よりその一つであつた。
猿楽芸能の基本になつた翁舞は、複雑多趣なものだが、この呪師の演ずる芸種目の中にも、特有の翁はあつた。それを「呪師走の翁」と呼び馴れたのは、出自の呪師芸能なることを示すもので、四座其他の猿楽側で言ひのこした語なのであらう。春日社頭の薪能の翁は、此、呪師走と謂はれるものである。
猿楽の種々の翁の中、呪師走を以て、最古いものとするに傾く説もある。或は又、翁猿楽の中、外来種に属する一つの変り手と見ることも出来るやうにも思ふ。そのいづれかは、今年薪能の群集に参加なされたあなた方の「勘」の直感する所に信頼をかけたいと思ふ。



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