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鶴が音
たづがね
副題――鶴亀の芸能――
――つるかめのげいのう――
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 21」 中央公論社
1996(平成8)年11月10日
初出「大阪毎日新聞」1935(昭和10)年1月4日
入力者門田裕志
校正者フクポー
公開 / 更新2019-01-31 / 2018-12-24
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

いかに、奏聞まをすべき事の候。毎年の嘉例の如く、鶴亀を舞はせられ、その後、月宮殿にて舞楽を奏せられうずるにて候。……謡曲鶴亀
所謂五風、十雨が、度に過ぎて、侘しかつた旧年の夢についで、今年はほゝ笑ましい現実の暦を捲き返したいものである。そのための祝言にもなれば、この短文の作者なる初老の翁は望外の慶びとする。
鶴亀の能は、極めての短篇で、いはゞ祝賀の舞を催さうとするだけの開口の文句に過ぎない。してなる皇帝に、大臣わきが次ぐといふ異風でもあり、古式とも見える演出法を持つた曲である。
皇帝「ともかくも、はからひ候へ」
で、子方二人の鶴亀の連舞ひになる。これに興が進んで、皇帝自身も舞楽して、その後一同退場となる。初春「青陽の節会」に象つたもの、新年の祝賀能である。このしての地位に、極めて「翁」と通じるところがあるやうに見える。この鶴亀の曲の起原とまで断言することは出来ずとも、尠くともその能楽化する径路を示すらしいものがあるやうに思ふ。「翁」の当今行はれるものは、所謂「四日の式」と称するもので、初、二、三日の式とは、大同ながら小異を持つてゐる。五日の式も、初日同様であるが、この両日に通じて行はれる特殊な部分の一個所は、所謂「千歳の舞」が度数の多いことである。その千歳の舞の間に、
ところ千代までおはしませ。(地)「我らも千秋さむらはう」鶴と亀との齢にて、ところは久しく栄え給ふべしや。鶴は千代経る。君はいかゞ経る。(地)「よろづ代こそ経れ。ありう。とうとう」
と第一の千歳の舞を舞ひをさめる時を見計らつて、「鶴亀の風流」といふものが、挿入せられることが、昔はあつたのである。つまり狂言方の為事である。この風流と称する物には、このほか色々あり、また出端も区々であつたが、今は話が小うるさくなるのを避ける。野々村・安藤両氏の狂言集成本によつて、咄して行くと、して(鶴)つれ(亀)前後になつて、一度に出る。
一声二人「亀は万年の劫を経て、鶴も千歳や重ぬらん」
千歳「あら奇特や。是へ鶴亀の現れ出でたるは、如何やうなる仔細にて候ぞ」
鶴「その事にて候。唯今、千歳ふるの次第に、鶴は千歳ふる。君はいかゞふると候ほどに、其縁により、かゝるめでたきをりなれば、これまで罷り出でゝ候」
それから、千歳と亀との問答があつて、鶴亀に舞を促す。
二人「千歳ふるの縁に引かれ、/\、緑の亀も舞ひ遊べば、丹頂の鶴も飛びまはり、今このところに、一千年の齢を授け奉り、是までなりとて鶴亀ともに千歳ふるにお暇申し、千歳ふるに暇申して、海中さしてぞ帰りける」
これが、まだ三番叟も座に直らぬ間に行はれたのである。つまり、千歳の祝言を脇で聞いてゐた形で、即興的に出で加はる、仮装の喜劇があつたわけである。われ/\上方で生れたものが、幼少のをりに見馴れて来た祭礼時の「俄ぢや。思ひ出した」と呼ばりながら、咄嗟の思ひつきらしい即興劇を…

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