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日本芸能の特殊性
にほんげいのうのとくしゅせい
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 21」 中央公論社
1996(平成8)年11月10日
初出「日本諸学振興委員会研究報告 第六篇(芸術学)」文部省教学局、1940(昭和15)年3月
入力者門田裕志
校正者植松健伍
公開 / 更新2020-03-31 / 2020-02-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

私の演題には、二つの説明して置かなければならぬことがあります。第一は芸能と言ふこと、第二は特殊性と言ふことです。特殊性と言ふ語は、実は説明しなくともすむ事はすみますが、芸能と言ふことは、説明しなくては、承服なさらない方もあると思はれます。私の使ふ意味は、只今世の中で申して居る演芸――演芸と言つても漠然として居ますが、常識から申しまして演芸と言ふことで頭にはひつて来る、さう謂つた内容を持つものを芸能と言ふのです。尤此は、古くからある語でして、支那にもある芸能といふ熟字とは、起源は別だと思ひます。日本で「芸」と言ふ語と「能」と言ふ語とがあつて、それが自然に融合して来て、更に支那の芸能と言ふ熟語の意味の印象なども含んで来たものであるやうです。ですから、時代によつても用語例は違ひますし、人に依つても亦、其が違つて居ます。殊に語そのものゝ概念からして、はつきりして居りません。さう言ふ規定をしてかゝらぬ昔の事ですから、おなじ一人の人であつても、場合によつて色々な用語例をとつて居ります。譬へば梁塵秘抄口伝集などにもありますし、或は下学集あたりにもあります。下学集の芸態部――昔から、態の略字を能と書いたのです。即「能」は、ものまねなのです――を見ますと、とんでもない分類違ひのものまで這入つて居りますが、昔の事とて為方はありません。世阿弥の十六部集などでも可なりまち/\の意味に使つて居ます。それほどこの語は、時代と人とによつて同じでなく、同じ人同じ時代にすら、実に色々な違つた用語例を持つて居るのです。本質的と言つた意味の芸能、特に巧い芸能、或は個性風なもの、さうした風に使ふから、語が幽玄めいて聞えます。それから多くたゞの芸能、それから更に低く演芸風のものまで申して居ります。この意味が芸能の普通の用語例と見られるのです。
それから特殊性と申しますのは、此も我々がどう言ふ風にして研究したら宜いか、私共は斯う言ふ風に考へて居ります。まづ芸能と申しますものは、芸術に達しないもので芸術に至る素材であります。芸術になれば、芸能ではないのです。つまり民俗芸術の技術化したものなのです。其がまだ、芸術としての格と品とを具へないものなのです。その芸能をば、芸能のもつて居るてまと申しますか、――学術の上の語は出来得るだけ現在の語に近く表さうと思ひますが、この語なども、主題などゝ言ふ語で訳して居ります。そこに大変な間違ひが文学などで起つて来るのです。それで為方なく、てまと言ふ語を使ひます。――てまをば発見することが、我が国の芸能の特殊性を引き出して来ることになるだらうと、斯う考へるのです。かう言ふ特殊性、かう言ふ特殊性、と言つた風に、一々挙げて居つては限りもなし、又遺漏が出て来る訣です。で、とにかくさう言ふ特殊性を築き上げるまでの各方面の事実を申し上げたいのであります。併しそれ程の余裕もないこの話で…

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