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日本の郷土芸能の為に
にほんのきょうどげいのうのために
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 21」 中央公論社
1996(平成8)年11月10日
初出「文部省芸術祭第二回全国民俗芸能大会パンフレット」1951(昭和26)年11月1日
入力者門田裕志
校正者フクポー
公開 / 更新2018-02-11 / 2018-01-27
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


日本は、美しく清らかな郷土芸能の国である。これは事実であつて、誇張でも虚構でもない。其を相共目前に展観して、我々の民族性に対して、自ら信頼を持つやうにしたい。さう思つて我々は、戦争に先つ十数年の間、春毎秋毎の「郷土舞踊民謡の会」を催して来た。
口幅ひろく感じられるかも知れぬが、日本人らしい晴れやかな生活の実現が望ましかつたのである。その結果は単に予期にそふ成績をあげえたと言ふだけでなく、実は、期待しなかつた方面に、色々な発見があり、効果を自得したのであつた。
日本芸能の起原や、それぞれの芸としての価値、又は多様なる変化において、更め見直して驚く所が極めて多かつた。我々の相当に用意してかゝつた為事が、十分酬いられたことに、深く感謝を覚えた。
多くの芸能種目の中、殆芸能の出発点からあつた姿を残してゐるものを見ては、日本の芸の歴史の深さに驚く。中世近代の濃厚な宗教信仰を印象したものや、又それが、農・山・漁村の実生活に吸収せられて、それぞれ滋味を漂し或は日本独特の清潔な色気を含んで、我々の心をよくするものがある。又その村々における古風な労働や、饗宴の印象をとゞめてゐるものは、今日我々が見ても聞いても、祖先自らの身振り・声音を目のあたりにするやうな気がする。更にもつと突つこんで芸能化したものに到つては、古代・中世・近代をこの国土に生きた人々の芸術的素質が、どうしてもそこまでつきつめずには居られなくなつて生れた、と言ふ類すら往々ある。単なる郷土芸能の境涯を越えて、普遍な芸術の領域に入つたものと言はれる。
われ/\は今一度、日本人が過去から現在に伝へ来た執拗なと言つてよい程激しく、鋭い芸術的感覚を、互に省みて、唯昔と今の我々を知るばかりでなく、其素質に沿うてどう進んで行つたらよいか、さう言ふ後来の反省を深める機会にもなれかしと思ふ。
しみ/″\としたあなた方の心が、芸と民族との本然の関係を思つて下さる誘ひにもなれゝば、我々の期待は達せられるのである。



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