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日本文学における一つの象徴
にほんぶんがくにおけるひとつのしょうちょう
作品ID47715
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 21」 中央公論社
1996(平成8)年11月10日
初出「新日本 第一巻第六号」1938(昭和13)年6月
入力者門田裕志
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-09-03 / 2020-08-28
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 しゞまの姫

父君早世の後、辛い境涯が続いた。物豊かに備つた御殿も、段々がらんとした古屋敷になつて行く。其だけに、教養を積むこともなく、そんな中で唯大きくなつたと言ふばかりの常陸の姫君、家柄は限りもなく高かつた。だが、世馴れぬむつゝりした人のよいばかりの女としか育ちやうがなかつた。其うへ、わるいことには、色の抜けるほど白い代りに、鼻がぬうとして居て、其尖が赤かつた。髪の黒々と長かつたに繋らず、鼻筋が曲つて、すつきりした処と謂つては何処にもなかつた。其へ、光源氏が通ひ初めて、春立ち夏過ぎて、十八歳の秋、満月後の廿幾日である。手紙を遣しても、返事はなし、ほと/\根負けするばかりになつて居る。今夜だしぬけに、姫君の居る座近く辷り込んで行つた。近よつて見れば、なか/\口返事などあるどころの騒ぎではない。とてもひどいと言ふ外はなかつた。そこで、
幾そ度君がしゞまに負けぬらむ。ものな言ひそと 言はぬ頼みに
――お黙りと仰らぬだけが目つけもので、其だけをたよりに、私はあんなにしつきりない手紙をさしあげた。其が皆、むだになつて居ます。どれ位、あなたの無言の行に負かされて来たか知れない――
姫君は勿論、無言である。ところが、其乳兄弟に当る侍従と言ふ小気の利いた女が、姫君のしうちがあんまりなのでぢつとして居られぬやうな気がして、姫が言ふやうに聞かして、
鐘つきてとぢめむことは さすがにて、答へま憂きぞ、かつはあやなき
――いよ/\無言の行に這入る時には、鐘をつく。其ではないが、本気に無言ですましてしまふのも、でもどうかと思ふのだけれど、だからと言つて、答へる気もしない。此が、自分で自分がわからない気がします。(上の句、私の解説の逆を言ふ説が多い)――源氏物語「末摘花」
明治以後の文学用語の中にも、とりわけ好まれた点では、此しゞまなどが挙げられよう。だが詩の上の用例で見ると、恐らく昔びとが思ひも及ばないほど飛躍して使はれて居たやうである。つまり詩に限つて、高華であり、幽玄であり、亦極めて抽象的に用ゐられて来たものである。
だがしゞまの日本式の意義も、単に無言の行など言ふ事ばかりではなかつた。しゞま遊びなど言つて、無言競べを言ふこともあるらしい。足を踏み出さない事をしゞまふ――蹙――と言ふのと同じく、口をつまへてもの言はぬことをしゞむと謂つたので、其一種の動詞名詞がしゞまなのだとも言ふ。謂つて見ればさうらしい気もする。其は、類型が目の前にあるからである。
此を前置きにして、私は日本文学発生の姿を説いて見たいと思ふ。
しゞまが守られて居る間は、文学の起りやうはない。之が破れて、はじめて文学の芽生えがあるのである。我々の国の詞章文章を辿つて行くと、果は実に何とも頑なしゞまに行き当るのであつた。

二 仮面の話

私の友人に、仮面の歴史を調べてゐる人がある。だがまだ、ほんたうに、日本…

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