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巫女と遊女と
みことゆうじょと
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 21」 中央公論社
1996(平成8)年11月10日
初出「橿原の友 第六号(婚礼特輯号)」1949(昭和24)年2月
入力者門田裕志
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-03-31 / 2020-02-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

大尽と末社 我々は遊郭の生活は穢いものと思つてゐるが、江戸時代の小説・随筆等を読むと、江戸時代の町人は遊郭生活を尊敬してゐる。段々調べてみるとその生活も訣る。遊びにゆく人達は目的は同じところなのだが、直接に売色に関係した事を目的としてゐない。吉原・新町・島原等に於ける遊郭の本格的な遊びをするお客をだいじんと言ふ語で表してゐる。大尽と書いてゐたが、元は大神と書いたのである。それに対してお供が従いてゆく。それを末社といふのだが、後に太鼓持ちを末社と言ふやうになつた。それは大尽についてゆくお供と末社との間が離れてゐるので、お供(太鼓持ち)を末社と言ふやうになつたのである。
神社に於いては主座の神が大神であり、そこに配合せられてゐる小さな神が末社である。ところが吉原では末社とは言はない。と言ふのは江戸の町を対象としてゐるからである。昔の人は都会と郊外とを区別して、郊外に住む人は江戸の町に対して江戸といつたのである。
大尽と言はれる男が伴れてくるお供をえどがみといひ、その土地の人間で大尽を取り巻くものをぢがみと言つてゐる。それで見ても大神・末社等の語は神社の神々によせてゐる。なぜかと言へば現在の神社の性格では訣らないが、昔の神社の祭りの主要なものは宴会であつたのが、近頃になつて厳粛な儀式ばかりを残してゐるのである。要するにお祭りが盛んになると言ふ事は、饗宴が大きくなることであつた。
祭りと饗宴 遊郭に於ける饗宴はお祭りの形式を践むのだが、昔の人は正直だから、重要な部分だけを行はずにとにかく始めから終りまで行つたのである。吉原へ遊びに行くと饗宴を開く。村の饗宴と同じく或式が行はれ、その式に来臨する正客があり、それを廻る陪従の客があり、これらの人々に主人が酒・肴を進め、芸人を進め、客もこれに応じて後、客が主人の進めた芸人を自分の思ふ通りにするのが昔のきまりであつた。遊郭の揚屋へ行つても同じ形式で行つたのである。例へば月見は遊郭では大事な行事であり、地唄の「月見」を見ても遊郭に於ける遊びの席の様子が訣る。島台を据ゑ(島台即、洲浜台は平安朝時代から饗宴の席に出てくる)、そこへすゝきをあしらひ、銀紙で作つたお月様を張る。その島台を置いて饗宴の座敷が開かれるのである。
祭りの時招かれた神が饗宴を受けるのと同じ形を、客が受けるのである。唯違ふのは、客がその費用を支払ふだけである。昔の人はさういふ遊びをする身分になりたいと絶えず思つてゐたのである。性欲をほしいまゝにするのではなく、座敷のとりさばきを如何にするかゞ問題で、伝説にも残る事を予期した。当時の人々には、それをうまくやる事によつて名誉と考へたのである。
舞大夫 その時に招かれた女で一番上の女を大夫といふ。これは神事に関係のある語に違ひないが、客が遊びにゆく饗宴とは関係のない語である。当時遊郭での遊びは、大為込みな遊びで、大夫は…

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