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江戸歌舞妓の外輪に沿うて
えどかぶきのがいりんにそうて
作品ID47787
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出第一章「日光 第三巻第一号」1926(大正15)年1月<br>第二章「日光 第三巻第三号」1926(大正15)年3月<br>第三章「渋谷文学 第二号」1925(大正14)年11月
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2021-09-03 / 2021-08-28
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



私は、発生的の見地から日本文学展開の道筋を辿つて居る。さうしてその始まりに於いて、演劇・舞踏・音楽などと共に、宗教衝動から捲き起つて居る事を見た。音楽や舞踊は、外来の理論や、様式をとり込んで、可なり創作も後々には現れて来た。歌謡は存外、様式的には伸びと岐れとを生じないで済んだ。でも音楽心の発達に連れて、やはり多少見るべきものを生じたのも事実である。が、大体に於いて、形は変らず、中身さへ千年から昔の支配を今におき受けて居るのである。
演劇になると、それが殊に甚しい。成立後の田楽・幸若・猿楽・歌舞妓などが、或者は亡び、或者は固定しきつた今日にすら、思ひがけない地方に、原始的な宗教劇が、どうかすればくり返されて居る。一面又一番進んだ猿楽・歌舞妓すら「翁」を舞ひ、「三番叟」を踏まねば、演劇開始の感情が湧いて来ない有様であつたのは、長い以前の事ではなかつた。新しい演劇その物にさへ、かうした古い種が包まれて居たのであつた。
江戸の三座に定例の「脇狂言」があつて、相侵さず相守つて来たのも、座が村を基礎として居た事を示すと共に、農村の宗教行事が演劇の形に進んで行つた事を見せてゐるのである。
社寺に保護せられた奴隷の村に伝承せられて来た、主としては農業関係のまじなひとも言ふべき形の演劇が、社寺以外に行はれる様になり、村を基礎とした座の組織が、次第に専門化し、職業化して行つた。其は猿楽に最著しく見えた事である。さうした事は、俤すらなさ相に見える江戸歌舞妓にすら、信仰行事と農村生活との姿は止めて居るのである。
北越月令――越後風俗問状答――に見えた平家を語る盲人のくづれ語りとも言ふべき「早物語」の中にある一つ、
はや物語かたり候。武蔵国安達郡の傍に、いばらみ中村屋勘三とて、万能諸芸に優れたる正直人ありけるが、……春の彼岸会に寺の談義を聴くと、善悪貧富も前生に蒔いた種から出るとあつた。では、自分も種を蒔いて栄耀栄華に遊ばうと……前なる畠五六町一夜のうちに掘り返し、日頃たしなみたる謡・乱舞の諸道具残らず、畠へ持ちはこび……残らず畠へ蒔かせたり。又二三日も過ぎければ、蒔きたるなか(?)の鳴し物、枝もさけよとなりさがる。勘三見るより小踊りして、そりやこそなつたりさがりたるは。横手を拍つて喜びけり。をりふしそよ/\こあらしに数万の枝の鳴し物声を揃ひて鳴りいだす。……夜昼なしに鳴る声は、近郷近在町六七里、そりやこそ中村勘三(方の意)には、芝居歌舞妓大神楽、おもふ囃、大をどり一度にあるはと囃し立つ。貴賤群集の市をなし、今の世までも賑やかな日かね(日金?)をまうける大舞台は、正直者の子孫。扨こそ勘三、富貴万福栄えたりの物語。
と言ふのを見ると、此だけの事は言へる。
猿若の先祖が江戸に移住してからも、農民としての生活をして居て、時あつて演芸を行うたと言ふ事、尠くともさうした歌舞妓者の生活方法…

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