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街衢の戦死者
がいくのせんししゃ
副題――中村魁車を誄す――
――なかむらかいしゃをるいす――
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出「日本演劇 第三巻第七号」1945(昭和20)年11月
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2018-03-14 / 2018-03-14
長さの目安約 55 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

戦災死と言ふ語は、侘しい語である。積る思ひを遂げることなく過ぎ行く、といふ義が伴ふとすれば、此ほどやる瀬ないことはない。だが、国難に殉じたと言ふ、一部聯想の悲痛なものがあつて、その側からは、我が傷ましい街衢の戦死者を、纔かに弔ふに足る思ひがある。中村魁車を憶ふ場合、殊にこの語があつて、吾々の傷む心が、幾分でも軽くなるのはせめてもの気がする。
大阪に第一次戦災のある日までは、夢にも思はなんだ彼の最期である。それほど、役者の生涯といふものは、浮世の中にも、浮世と言ふに、最ふさはしいものであつた。而も、私如きが之を誄することは、まことに身にそぐはぬ、をこがましさであるが、彼役者の才伎の為には、こんな文章の一つ位も、書いておいてやりたい気がする。尠くとも、彼の舞台に唆られた覚えのある同年輩の浪花びとの中には、この心を知つて嗤はぬ者もあるだらう。
大阪南地宗右衛門町置屋「桂屋」の浜の防空壕の煙の中で、花の如き女形が、絶息してゐた。――さう言ふ上ついた噂をひろげる時勢ではなし、第一其よりも、あの荒涼たる灰燼の中に、美しい木乃伊を横へた幻影を人に持たせるには、清く美しかつた魁車も、既に三十年は生き過ぎて居た。
それにしても無慚なのは、孫を固く抱いたまゝ黒くなつて居たと言ふ――その、人をせつながらせる姿が、思ひがけなく、吾々の魁車像に割りこんで来てしまうたことである。三千歳姫や、三浦助の舞台顔のまゝで残つた彼の先輩たち――雀右衛門・鴈治郎――は、何たる幸ひ人であつたらう。
かつら巻をかけた優な面ざしでも、さすがに「勘当場」の延寿のつくりで仆れた梅幸は、一代濃艶の印象を、一挙に寂しくしたと惜しまれたものだのに、この女形の不運は、歌舞妓役者だけに、一しほ侘しい。引窓のお早も、河庄の小春も、鏡山のお初も、菊畑の皆鶴姫も、一等近くに見た道行の静御前も、皆遠く、雲煙に隔てられたやうになつて了うた。さうして樽屋伊助や、椀久の番頭や、「つゞら折り」の何とか言つた手代や、凡わびしい役の方が、彼を思ふにふさはしくなつて、長い美しい印象と入れかはつてしまつた。
その際、思ひの外に、死者の数へる程よりなかつたことは、大阪の町にとつて、何と喜んでよいか知れぬ位、不幸中のしあはせであつた。併し、その幸に洩れた僅かの不しあはせな人の中に、魁車のはひつて居たことは、忍び難いあはれである。
中村鴈治郎過ぎて後の川竹――道頓堀の芝居町の通称――を背負つて立つ三人のたて者の中、何と言つても、見るから世間人としての聡明と、更に、人間としての明敏とを持つて居たのは、彼だつたやうである。だが健康の段になると、三人の中まめ/\しげで居乍ら一番弱げに見えたのも、彼であつた。
明治四十年頃に、一度廃業を思ひ立つたことがあり、事実また稍長く、彼の舞台を見ることが出来なかつた。其が、彼の芸に脂がのり出し、彼の芸に滋みの満ちて…

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