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草双紙と講釈の世界
くさぞうしとこうしゃくのせかい
作品ID47796
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出「新橋 六月興行大歌舞伎」1949(昭和24)年6月1日
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2021-02-11 / 2021-01-27
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

飜案物と言へば、少し茫漠とするが「書き直し物」で通つてゐる種類の脚本がある。歌舞妓根生ひにでなく、他の読み物・語り物・謡ひ物から題材の出てゐる狂言を言ふ語なのだが、歌舞妓の性質から、も一つ特殊な分類を示す語にもなつてゐる。曾我物・浅間物・伊達物などと言ふ風に、一つ題材の狂言をくり返してゐるものは、其主要な事件や、人物を据ゑ置いて、脚色を替へると言ふ方法が行はれてゐた。
今度昼夜に分けて舞台にかけられる「時鳥侠客御所染」――曾我綉侠御所染――が其であり、「吉様参由縁音信」が其である。御所染は小説の書き直しであり、由縁の音信は講釈の焼き直しであつて、両方とも河竹黙阿弥の作る所である。
前者は、柳亭種彦の読本――之を仮名書きにした草双紙合巻の方が、広く行はれた。浅間嶽面影草紙及び後輯逢州執着譚の書き直しである。原作と違ふ点は、今度出る――久しく上場せられなくて、今度出ることになつた時鳥殺しの場の敵役である。浅間巴之丞の奥方瞿麦が毒酒を盛つて、悪瘡を発した愛妾を菖蒲咲く八橋にひき出してなぶり殺しにする。其が狂言では、後室百合の方となつて居て、おなじ嫉妬ながら、少し風変りに書かれてゐる。中将姫における岩根御前のやうな継母めいた残忍性を持たしてゐる訣で、其為時鳥のあはれさが一層清純化せられて来ることになるのである。
書き卸しには、百合の方と五郎蔵とが小団次の持ち役になつてゐた。別に深い理由はなく、老女の方が小団次の為勝手だつたに過ぎないから、さうした新しい性根を持たしたのだと言ふまでゞあらう。其替り、自分の困るやうな工夫をつけてくれと小団次に望まれて、五郎蔵切腹の後、尺八を吹きおなじく自害した杜鵑花――皐月――が、胡弓を合せて死んで行くと言ふ筋をつけた黙阿弥であつた。こんな皮肉な案を立てたところにも、作者と役者との美しい誼みの見られるのが快いことでもある。
近年芝居にかゝるのは、五郎蔵皐月の縁きりに星影土右衛門が絡んで来る部分だけなので、逢州殺しなども、一向痛切味を持つて、人を悲しませない。浅間の旧臣須崎角弥と言ふ五郎蔵の前身を思はせるやうな内訌した性格描写が度を過ぎて、逢州殺し以前にもう悲劇になつてゐる五郎蔵を演ずる役者などもある。若手芝居に期待してよいのは、さう言ふ新しい理解と、感覚とが、行き詰つた性格描写をつき抜いて、爽やかなものを創造して来る点にあるだらう。小団次から音羽屋系統へ伝承せられて来た行き方に、こゝらで一つの飛躍点を見せてほしいものだ。(初演年紀。江戸市村座、元治元年二月)
乾坤坊良斎の講釈「小堀家騒動」を本筋として、八百屋お七の世界に持ちこんで所謂実録物らしく為立てた狂言である。謂はゞ旗本小堀家の私事で、国持ち大名のお家物とは違ふのだが馴れた筆つきに、やはりお家物々々々した重くるしさを離れてゐない。見物は舞台よりも数等低い武家の家庭を周る小世間を想像…

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