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正直正太夫に期待す
しょうじきしょうだゆうにきたいす
作品ID47804
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出「七月興行大歌舞伎 東京劇場」1948(昭和23)年6月5日
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2021-08-19 / 2021-07-27
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

寛政八年五月四日、伊勢古市の油屋で、山田の医師、孫福斎と言ふ者が、九人斬りをしたと言ふ騒動があつたと伝へられる。これを近松徳叟が三日間で脚色し、同年七月二十五日、大阪の角の芝居にかけたものだと言ふ。所が古市側の記録では、騒動のあつたと言ふ同じ日を初日として、古市の芝居にこれがかゝつてゐる。いかに手廻しがよくても、夜の出来事を其昼に予め舞台にかけると言ふ事はあり得ないから、これはどちらかゞ間違ひであらう。事実譚と言ふものは、想像が多く這入つてゐるもので、事件に即き過ぎた説明が、事実の外廓を廻つて附いてゐるものが多い。此騒動にしても、作物と事実とが一致し過ぎてゐる点が、却てどこまで信じてよいか、訣らなくしてゐる。徳叟が三日で脚色したと言ふのは、別に珍しい事でもないが、五月から七月まで、二月の余も経つてゐるのに、特別にそんな事を言ひ出したのも、狐につまゝれた様な話である。
江戸に此芝居を持つて来たのは、三代目坂東彦三郎だと伝へてゐるが、此後、彦三郎(四代)の方と、菊五郎(三代)の方とで、練りに練り上げ、特に五代目菊五郎に到つて、四度まで出して、貢の演出法が定型に達してゐる。今の菊五郎は油屋だけでは、少しひけ目を感じる所があつたらしく、当然出す筈のものを長く出さなかつた。其だけ、今度の面白さが期待せられる。
此芝居は、相の山のお杉・お玉の場にしても、二見浦の日の出にしても、油屋の伊勢音頭にしても、とりわけ伊勢参宮の楽しい聯想が伴つて、其点道中遊山ずきの江戸びとの好奇心を唆つた訣である。
其上主人公の貢と言ふ役は、江戸の所謂「ぴんとこな」――語原は訣らぬ。小忌衣についた「ぴんとこ」と言ふのと、関係があらう――の凜とした色男役で、和事であつて、つゝころばしでなく、辛抱立役であり乍ら、果断な男になつてゐる。江戸で好かれるのは、あたり前だと言へよう。
此騒動のもでるになつたと言はれる事件は少し変つてゐて、相手の遊女は斬らず、外の者ばかりを斬つた。つまり恋の遺恨の殺人ではないので、其点が面白い。其上此脚本は、もでるを生かし過ぎる程生かしてゐて、医師を土地柄御師――伊勢へ参詣する人の世話をしたり、太々神楽の講中の世話を焼いたりする、俗神主ともいふべきもので、武士ではないが、郷士のやうな気質を持つてゐると言つた人物に、主人公の位置をきめた事は面白いと思ふ。
此脚本の特徴は、ある種の探偵小説風に、解決の要点を初めに出してゐる。事の輪廓を早く知らしてしまつて、それから次第に掘り下げて行つてゐる。其点が大分、変つてゐる。青江下坂の刀がしつこい程、出たり這入つたりして、更にそれに鑑定書の折紙が交互に紛失したり発見せられたりし、此二品が貢の手に集つた時に、呪はれた刀の為に、貢が人を斬つてしまふ、と言ふ様に深入りして行く。九人斬りの事実の方は、そのまゝでは芝居にならないので、ありふれた遊女の…

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