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実悪役者を望む
じつあくやくしゃをのぞむ
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出「演芸画報 第二十六年第十二号」1932(昭和7)年12月
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2019-02-23 / 2019-01-29
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


大谷友右衛門は、松本幸四郎と共に、立役らしい本当の姿を持つた人だと思ひます。最大の欠点は、口元にあるらしく、そのために一寸しまらない感じを与へます。死んだ片市の敵役を見ましたが、この人は眼があまりに善良なため、その人らしくなりませんでした。
友右衛門は、そんな風に、本然の姿から云へば立役・実悪と言つた風なものが向くと思ふのですが、口が邪魔をして、そこへ行けません。そこで、今日の彼には、はまり役を持つやうな強い線が出来てこないのではないでせうか。
友右衛門は当然松助の後継者であるやうに言はれてゐます。実際、彼もよく松助を真似たものでした。しかし、松助の死後その手本を失つてしまひましたし、友右衛門の器量から言つて、松助の後を行くべき人でないやうにも思はれます。
世間では、義太夫の肚があると申しますが、成る程台詞になまりのない点ではさう思はれますし、東京役者中での竹本役者には違ひありませんが、かんじんな自分の道、役所をしつかり握つてゐないので、折角の知識も縦横に駆使されると言つた所までには行つて居りません。丁度、幸四郎が実悪にならないやうに、友右衛門もその本領らしい実悪にならないので、惜しいことだ、と思ひます。歌舞妓劇の存在してゐる以上、実悪のやうな偶像同然なものもあつて欲しいのだし、東京には、さう言ふ向きの役者がゐないしするのだから、是非その方へ進んで貰ひたいものです。せめて延若だけでも、「悪」が出てくれゝばいゝのですが。
性質が善良だから出来ない、と言ふ考へ方は間違つてゐます。昔から、どう言ふものか敵役の名人と云はれた人は善良な人物だつたやうです。
ですから、私が友右衛門によつて見たい役は、自然、さう言ふ範囲の役に限られます。「大判事」だとか、「斎藤太郎左衛門」だとか「金藤次」だとか――芝居の方では何と言ふか知れませんが、老け役の立役、それを友右衛門に演つて貰ひたい、と思ひます。春藤玄蕃などは向きますまい。友右衛門は、もつと大きな輪廓を持つてゐるやうです。しかし、本当を言へば、新作に適した役者らしい気がしないこともありません。
要するに、今の所、大谷友右衛門と言ふ名の方が、彼の芸より大きいやうです。切に勉強を祈ります。
何時までも松助の幽霊に捉はれてゐないこと。
口のしまらない、と言ふ欠点を諒解して、その矯正につとめ、一日も早く実悪らしい実悪、大きな立役に誕生することを望んでやみません。



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