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涼み芝居と怪談
すずみしばいとかいだん
作品ID47806
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出「新橋演舞場」1949(昭和24)年7月5日
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2021-07-15 / 2021-06-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

東京の年中行事は、すべて太陽暦ですることになつてゐる。勢、盆狂言も、新の七月に興行せられる訣である。「夏祭」や「四谷怪談」など今行つてしゆんはづれの芝居ではない。だが暑さの峠を越さうとする頃、どうかすれば朝夕の蜩の声が、何か寂寥を感じさせる時分が、季節感にぴつたりしてよい。さうした初秋残暑の気分にゐて、見物する積りになつてほしい。
夏祭の方は、丸本歌舞妓である。書き卸しは延享二年七月、並木千柳・三好松洛・竹田小出雲の合作で、団七九郎兵衛・釣舟三婦・一寸徳兵衛と角書きして「夏祭浪花鑑」とある。此時団七とお辰との人形を使うた吉田文三郎が、格子縞の帷子のだて姿や、女の夏の旅姿に浅葱の綿帽子を考へ出した――近年東京でのお辰は、此定型に従はぬ事になつてしまつた――上に、九郎兵衛の人形に本水を浴せる工夫をしたりした。
同じ年に、京都を最初に、大阪では三座、歌舞妓の舞台に競演せられた。大体が大阪じこみだけに、其土地性が十分出てゐるのだが、江戸風の立引に似た傾向は、安永二年に江戸へ輸入せられる前に、既に現れてゐる。つまり角書に見立てた三立者に対する英雄崇拝が、段々強くなつた為らしい。堺無宿の宿無団七と言ふ、――元、ぼてふりの――名を持つた浮浪人と言ふ特殊な境遇に在る主人公である。元禄の片岡仁左衛門が既に、「宿無団七」を演じ、主要人物の名は、夏祭其まゝであつた。
其古狂言飜案の上に、其年の春露顕した長町裏の殺人事件をはめたのである。筋よりも登場人物の性格の明るさが、人の心を牽いたものであらう。さうした階段は階段として、筋の通つた義理人情の生活が、人の心を潔くしたに違ひない。かうした通俗的な倫理観は浄瑠璃の世界で、鍛へられて来た向ふ三軒両隣、互に安んじ得る道徳性である。
大阪の夏祭りは、六月の初めから、諸所で引き続いて行はれ、月末の住吉祭りで終る。其中間に高津祭がある。道頓堀長町かけて祭りでごつた返してゐる最中、而も何処か祇園囃しの鉦太鼓が、清らかに澄み響く日を中心にして、事件が推移するやうに書かれてゐる。徳兵衛も三婦も皆侠客といふ程のものではない。見物のどの層と比べても、遥かに低い身分の人たちである。其でゐて見物が、舞台にうたれるのは、芸能を通して新しい倫理的了解を得る所があつたからであらう。形式道徳から言へば、認容出来ぬ問題を、見物のすべてに課するのである。さうして一挙に、人々を卒業させようとする。
ところが今日尚、上演毎にこの問題が、むし返されるのは世の倫理観が確立しないからである。
善人三人、之に扮する役者にとつても、快い役柄である。之に扮する松緑・海老蔵・男女蔵三君が、どの度合ひまで、此役の持つ上方色と江戸性とを了解して演じるだらうか。此は単に演出の問題ではない。根柢の理会にある。
夏芝居に怪談物の出ることは、人の心をひいやりさせて清涼の気に触れさせようとするのだと言…

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