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封印切漫評
ふういんぎりまんぴょう
作品ID47821
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出「毎日電報」1909(明治42)年10月15日
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2021-05-26 / 2021-04-27
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

紙治で唸らされた印象のまだ消えやらぬ東京人士の頭に、更にその俤を深むる為に上つて来た鴈治郎の忠兵衛。観客の予期と成駒屋の自信と、如何程まで一致したか。其は感情派の批評に任せて、自分は唯旧大阪の遊廓の空気と、浪花風の各種の性格とが、各優人の努力によつて、何れ位実現せられたか、其紹介をすれば足る悠々たる客観党。二階正面の桟敷に陣どつて、前山の雲と脂下る。
女寅のおえん、容貌なら物ごしなら宛然その人である。唯折々野暮な姿を見せるのは、刻明な世話女房と見える虞がある。梅川と忠兵衛とを会はせようと言ふ矢先、鴇母が来るので吃驚して両手で門の戸を押へて、横向きになつたのは物おぢをした様で、華車としては不似合。戸を背にして肩をおとして手を拡げた方が、形もよく、梅川との形の上の調和もとれてよい。とゞ戸を開いて忠兵衛を呼んで、首尾してやるといふあたり、鴈治郎と呼吸がしつくり合つて、何様恋のわけ里のあはれ知りとは十分見えた。八右衛門を嗜めるあたり余り赫となるのは面白くない。今少し冷やかにやつた方が其人らしからう。其間の語気も、くだけた処と改まつた点とが、あまり区別があり過ぎた。此人は上方育ちと聞いて居るのに、大阪弁のまづさ。鴈治郎との対話がしつくり合はないので冷々させられた。
八百蔵の治右衛門、押し出しが立派。同情深さうな挙動はなつかしい。しかし地味な大阪風のおき屋の亭主とよりも、顔役に見えたのは遺憾。喜左衛門では真面目すぎ、三浦屋の亭主では柔みが尠い。困難い役、動きのない役を此程にすれば結構だ。
猿之助の八右衛門、花道の出は立派な色敵。善六になりたがる役に、とも角丹波屋主人といふ処を始終放さなかつたのは流石々々。しかし台詞は、今尠し鴈治郎と打合せて修正して貰つたらどうだつたらう。非常によく調和した所とまるで江戸ツ児になつた所とがある。八右衛門といふのは、決して啖呵をきる様な質ではない。ねつい人間といふ処を目がけて居なかつたのは、感違ひだ。しみつたれとは見えなかつたも此考へが足らないからである。忠兵衛が封を切つたので、驚いて後居に手をついたまゝ、首を捻ぢて忠兵衛を見まもる形は素敵なもの。但蔭口を利くあたりも、毒吐き乍ら帰る辺も、さのみ憎々しくは聞えなかつた。これでは忠兵衛に、段梯子を馳け下らせることは出来まいと案じて居つた。要之人物の腹の位置の違ひと大阪弁で旨く行かなかつたのであるが、個処々々にはよい処があつた。
芝翫の梅川、あまり上品すぎるだらうとは衆口の一致する所だが、はたして然うであつた。あれでは天神とは見えない。なまめかしい処を見せればよいかも知れぬ。奥座敷での首尾のあたり、鴈治郎と情がうつらなかつた。今にも退り居らうと叫びさうだつた。封印切りの場は、忠兵衛の一挙一動に目を配り乍ら、次第に表情を更へる具合、無精な人によくまあと感心した。台詞はすつかり時代で行つたから、却つ…

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