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実川延若讃
じつかわえんじゃくさん
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出第一部分「苦楽 第四巻第五号」1949(昭和24)年5月<br>第二部分「演劇界 第七巻第四号」1949(昭和24)年4月<br>第三部分「かぶき讃」創元社、1953(昭和28)年2月20日
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2018-12-11 / 2018-12-07
長さの目安約 40 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「女殺油ノ地獄」の芝居を、見て戻つた私である。一日、極度に照明を仄かにした小屋の中にゐて、目も心も、疲れきつてしまつた。思ひの外に、役者たちの努力が、何となく感謝してもよい心持ちを、持たしてくれたけれども、何分にも、先入主となつたものが、度を超えて優秀な技芸であつた為、以前見たその美しい幻影が、今見る役者たちの技術の上に、圧しかゝるやうな気がして、見てゐてひたすら、はかなくばかり見えてならなかつたのである。
明治大正の若い時代は、貴かつた。その劇も、音楽も、浄い夢のやうに虚空に消えて行つた。はじめて、この河内屋与兵衛を見たのは、今の実川延若の延二郎と言つた頃である。さるにても、この若い油売りの手にかゝるお吉のいとほしさ。中村成太郎――後魁車の、姿なら技術なら、今も冴えざえと目に残つて居る。二度目に見た時は、中村福之助がお吉を勤めてゐたが、此時既に、先の印象が、その後のお吉の感興を淡くしたことであつた。其ほど、魁車のお吉は優れてゐた。与兵衛の両親、同業油屋の徳兵衛・おさはに扮したのが、尾上卯三郎・嵐璃[#挿絵]であつた。この三人の深い憂ひに閉され、互に何人かに謝罪するやうに、額をあつめた謙虚な姿、まことに、こんなに人を寂しく清くする芝居もあるものか、としみ/″\感に堪へたことであつた。
もう此以上の感激はあるまい、とその時も思うた。其は今も印象してゐる。而もそれに続く――向ひ家の老夫婦を送り出した心の、しみ/″\清らかな油屋の女房へ、恐怖のおとづれびとが来るのであつた。好意を持つもの同士の間に、其でもくり返さねばならぬ疑ひ、拗けごと。さうしてやがて、とり返されぬ破局への突進。人間の心と心とが、なぜかう捩れ、絡み、又離ればなれになつて行かねばならないのだらう。人間はなぜ、人間の悲しみの最深きものに、直に同感し、直に共感する智慧を、持つことが出来ないのか。さう言ふ悔いに似た戦慄が、われ/\の心を、極度に厳粛にした瞬時の後、あはれ、謂はうやうない破局への突進。私は、再見ることもなからうと言ふほどの痛苦の感激を覚えて、呆としてゐた。其間に、舞台は頻りに進んで行く。私は、人間の滅亡を、唯傍視してゐるばかりであつた。若い代の延若もよかつた。魁車もよかつた。その為に生れて来た人たちだと言つても、誰が抗ふであらう。私は三越劇場の女殺しを眺めながら「とりかへすものにもがもや」を、危く叫ばうとした。其程の至芸が、曾て屡これとほゞ同じ舞台に同じ年頃であつた人々によつて、発揚せられたのを思はずに居られなかつた。
幸にして、今度の禍を免れた延若は、大阪宗右衛門町の浜側の防空壕の中で、孫を抱いたまゝ焼け死んだ、その時の相方に思ひ到ることがあるだらう。さう言ふ時、油地獄の殺しの場面を思ひ起して、魁車を惜しむこともないではあるまい。
延若の芸の亡びるのを痛惜する人々が、その、汽車で東上するに…

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