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由良助の成立
ゆらのすけのせいりつ
作品ID47827
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 22」 中央公論社
1996(平成8)年12月10日
初出「演劇界 増刊 第九巻第十一号」1951(昭和26)年10月
入力者門田裕志
校正者酒井和郎
公開 / 更新2021-04-01 / 2021-03-27
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

大星由良助について、我々の持つてゐる知識に、ほんの少し訂正しなければならぬ点がないか知らん。まあ書いて見るが、書く程のことはないやうな気もする。一体、忠臣蔵系統の戯曲は、大体世界が三つ位におちつくやうである。曾我物語・太平記、それから言うてよければ、小栗判官の世界である。勿論「仮名手本忠臣蔵」自身、並びにその直系の親浄瑠璃と言ふべき、近松氏の「兼好法師物見車」、それから其補遺「碁盤太平記」は、皆それ/″\太平記物である。これは近松氏若書きと言ふのに、疑ひを持つ人も多いが、ともかく「つれ/″\草」の書き替へから出てゐるから、此側の筋立ては、近松案によるものと考へられてゐる。又其でよいだらう。ところが、赤穂事件を曾我の世界に飜案したものは、それより四年前、赤穂浪士切腹、一件落著後十日位で、江戸芝居にかゝつたと言ふのが、其角の手紙によると言ふ「古今いろは評林」の説である。尤も此興行は三日きりで差し止めにあつてゐる。曾我夜討を心に書き替へたものらしく、中村七三郎など主演俳優その他の名も伝へてゐる。これはさうありさうなことで、「物見車」だつて一部分曾我で、脇筋を立てゝゐるのだ。清水寺見染めの場では、師直・薬師寺・塩冶奥方・判官などが出て、而もその舞台面は、一々薬師寺等の語る「幸若」の「和田酒盛」の文句に伴うて進んでゆく。言はゞ赤穂一件・太平記、其に曾我(幸若舞)、この三つが絡み合つてゐる訣である。併し実際の「物見車」其物は頗、簡単で、筋のはこびだけ見たり聞いたりして、特別に予備知識をはたらかさずにをれば、赤穂一件の暗示すらも感じないで過ぎてしまふだらう。それ程風馬牛のやうな顔をして、太平記の世界を書いてゐる、近松氏である。おそらく作者が、人を刺戟する様なひんとを書きこんでおかなくとも、読者は予め其意味が含められてゐるものと考へてかゝる。さう言ふ風な推理の行はれてゐた社会であつた。証拠のつかまる書き物の上には、さう言ふことを書かないでおいて、見物勝手々々の感じに任せる。その一方世間話を利用して、盛んに今度新しう手摺りにかゝる新作の持つ、隠れた意義の噂をふり撒いたものであらう。「物見車」が出ただけで、読者はもう、火のない所に煙を見てゐた。赤穂一件を書いたものと信じてしまつたのだらう。だからひよつとすると、近松作以前に、曾我物語を暗示に使つた狂言なり、浄瑠璃なりがいくつかあつて、曾我が出ると、例の赤穂の一件だと、世間の方で悟つてしまふ様になつてゐたのかも知れない。「物見車」には小林という侍が捕り手に来る。此が、平八郎を利かせたものかと思はれるのだ。小林平八が、仇討当時からそんなに名高かつたか問題であり、寧、忠臣蔵の伴内の前型かといつた方が当つてゐるやうだ。
それと、まう一つ小栗の世界に書いたもの、これも誰も知つてゐることである。近松氏の「物見車」の出た宝永三年から七年目に出…

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